2010年1月31日日曜日

ドコモ、iPad用「SIMカード」販売へ。

 と今朝の読売の1面記事、さらに3面に電子書籍に本格参入との見出し。アイパッド($499~)と先行している本や新聞しか読めないキンドル(アマゾン$489)、リーダー(ソニー$399.99)と比較している。iPadの通信機能のSIMカードはロックフリーなのでインフラ面で優位に立っているドコモが有利だが、データ通信だけに利用されるようだ。もっともこんなデカイモンで「もしもし」するのは困難だろう。
 アップルの強みは「iPodが2001年以来2億5000万台が売れ、すでに世界には7500万人のiPhone、iPod touchユーザーがおり、iTunesとApp Storeには現在、1億2500万枚のクレジットカードが登録されている」ということだろう。
 そしてアップルの企業精神をジョブス氏はこういう。「「アップルという会社は、常にテクノロジーとリベラルアーツの交差するところに立とうとしている会社。われわれはベストなテクノロジーを作りたいが、それをまた直感的に実現したいとも思っている。この2つのコンビネーションがわれわれにiPadを作らせた」また「iPadは、まさにスマートフォンとパソコンの溝を埋める製品に仕上がったのではないか」とも。
 3月発売だがすでに勝負ありの気がする。

2010年1月30日土曜日

ワシはMacBook Airの蓋を外したものなら買う。

 あり得ない話だが、要するにOSがMacでこれまでのソフトが動き仕事で使えるなら買うということ。iPadが絶対にお勧めな方は、PCは敷居が高いと思っている方、ケータイの画面でサイトやメールをチェックしている方、PCは持っているがネットサーフィン以外あまり活用していない方、ワード、エクセル、パワーポイントを主に使う方たちには最適なPCとなるだろう。とくにパワーポイントよりキーノートのプレゼン能力は高い。これを使ったらパワーポイントには戻れないほどだ。これらのiWork(ページ、ナンバース、キーノート)は別売になるようだが、MS Officeの強敵だ。アップルはiPadでWinユーザーを宗旨替えさせてしまうだろう。

2010年1月29日金曜日

ワシは当分必要としない(つもり)。

 アップルのHPの更新が遅いので、米アップルのHPでジョブスのプレゼンをみた。自信作のiPadをユーモアを交えた巧みなしゃべりはさすがだった。やさしい英語なのでキーノートのプレゼンをみながらほぼ理解できたが、夕方になってようやく日本版も更新された(コチラから)
 Macユーザーは新しモン好きが多いが、iPhoneかiPod touchを持っているかたはすぐにはiPadに手を出さないのではないか。わたしはむしろiPadなどで閲覧できるデジタルコンテンツを作る側の一番端っこにいる立場なので、そのソフトが使えないものは必要がない。
 しかし英語の発音に難点のある多くの日本人にとってiPadとiPodの区別は悩ましいことになった。iPadを意識して発音するとiPodと聞こえるに違いないだろう。
 CNET JAPNでも字幕つきのジョブス氏のビデオが公開されたようだ(コチラから)。さっそく見てみたがダイジェスト版だった。本当はこれ以外のところが面白かったのに残念だ。

2010年1月28日木曜日

「iPad」発表される。

今朝のCNETはアクセスが多く、なかなか繋がらなかった。皆アップルの新製品を確認するためだろう。これまで予想されていたタブレットPCとほとんど変わらない結果だったが、ジョブス氏は「AmazonはKindleとその機能性を作り上げることにおいて、素晴らしい仕事をした。われわれは、それを手本にして、少しさらに先へ行くつもりだ」とあきらかにアマゾンを意識している。音楽配信で世界のトップに立ったアップルだが、書籍においてトップを走っているアマゾンに挑戦状を突きつけたようだ。
 これによって印刷物の電子化は加速度的となり、紙を媒体とした出版物や新聞などは危機的な状況を迎えることになるだろう。我々の業界はいよいよ電子化という正念場に立たされることになった。写真はアスキーのHPから。

2010年1月27日水曜日

特別本醸造「霧筑波」

年末に別の先生からこのお酒をいただいた。本醸造だし値段も調べたら2,200円でフツーなのでそのままにしていたが、鮮度のよいタラのアラと白子、カワハギをみつけたので、7時に早退し母親と二人で鍋を囲んだ。当然味付けは私、金沢の醤油は甘いので、鍋には長崎のチョーコーの「純むらさき」(本醸造丸大豆こいくち醤油)を使っている。コクがあるので鍋に使うと断然違いが出る。しかし金沢ではカジマートと東京ストアーでしかみたことがない。白子は酢の物もイイが、一口大を鍋に入れ、アツアツのミディアムレアで食するのも中々だ。そして酒で口を冷ますのだが、茨城の酒などまったく期待していなかったが、片口から注いで一口飲んだ途端あまりのスッキリさに目をむいた。大吟醸は飲み疲れるので最初に少し飲み(鄙願だけは例外で飲み続けることが出来る)、それ以降は吟醸か本醸造を飲むのが身体には合うが、この酒はスルスル入り1升空いてしまいそうなので4合で止めた。
 食後ネットで調べてみると、大半を地元で消費するためあまり出回らないらしい。前に書いた「究極の花垣」もうれしいが、わたしの酒の好みや飲み方を知っていて、この酒を選んだ感覚には脱帽の思いだった。

2010年1月26日火曜日

花粉が飛び始めたようだ。


 昨日からカミさんが鼻水を垂らし始めた。薬を飲んだがすぐには効かず、ティッシュを鼻に詰めている。若い頃にはあり得ない光景だ。わたしも花粉症だが、少し涙目になるくらいで済んでいる。還暦を過ぎると身体の免疫機能に変化が出るのだろうか。
 今年の花粉の飛散量は、全国的に例年より少なくなるとの予想だが、天気の長期予報同様アテにならないのかも知れない。花粉症には例のカモノハシのようなマスクは効果絶大なのだがあれだけはイヤだという。ということでもう一度あれの写真をどうぞ。
 ところで探蕎会の表紙の写真にわたしが写っていなかったので差し替えました。

2010年1月25日月曜日

突然続く。

 ネタがないので無理やり昨日の続きを書く。各都道府県から最大4つ候補が挙がったとすると4x47=188、実際応募があったのが162件だから、1つもない府県は応募をしなかった可能性もあるし、162件から100になったわけだから、62件は落とされたので、その中に入っていたのかも知れない。
 百選のうち各県の数と県庁所在地にあるものをピックアップしてみた(埼玉のように秩父をかかえていると不公平と考えたからである)。水のいいところで生活できるのは最高の贅沢だと思う。以下の通りである。
4:埼玉、山梨、長野、新潟、富山、石川、岐阜、静岡、滋賀、熊本、鹿児島
3:青森、岩手、福島、福井、京都
2:北海道、秋田、群馬、愛知、兵庫、奈良、和歌山、鳥取、島根、広島、山口、高知
1:山形、茨城、千葉、東京、神奈川、三重、岡山、徳島、香川、愛媛、福岡、大分、宮崎、沖縄
県庁所在地:岩手(2)、福島、山梨、富山、岐阜、静岡、鳥取、香川、高知、熊本(2)、鹿児島
(付)県庁所在地ではないが松本市の「まつもと城下町湧水群」には驚いた。「1日の湧水量280トン、「源智の井戸」は、松本城主小笠原氏の家臣・河辺与三左衛門源智の持ち井戸で、その名をとって「源智の井戸」と称されたとされ、代々の領主は不浄なき旨の制札を出して保護したといわれる。「源地水源地」は現在も水道水源として利用されている。松本市ではこうした恵まれた水源を災害時の飲用水としても利用できるように、中心市街地に「水めぐりの井戸」として新たに10箇所の井戸の整備を進めている」とあった。実に羨ましい限りだ。
木村先生のブログのようになってしもた。

2010年1月24日日曜日

「山のダシ」

 「究極の花垣」に添えられているあいさつ文に、仕込み水は「日本百名水」の伏流水で「山のダシ」と呼ばれるほど多くのミネラルを含み、やわらかく繊細な酒質を醸す」と書かれていた。
 それに触発されたわけではないが、今朝「平成の名水百選」(環境省・2008)に選ばれた「仏大寺」に水を汲みに出かけた。能美市にあり、正確には遣水観音霊水(やりみずかんのんれいすい)といい、車で30分ほどかかる。ここは1日の湧水量が100トンで3つの龍の口から一日中湧水が流れっぱなしになっている。寒の水しかも日曜日なので混んでいるかと思ったがさほど待たなくて済んだ。
 ちなみに調べてみると「平成の名水百選」に県内で選ばれたのは、他に「藤瀬の水」七尾市(22)、「白山美川伏流水群」白山市(57.6)、「桜生水」小松市(70)の3か所となっていた。( )は湧水量・トン。
 となると「日本百名水」はどうなんやということになるが、ウィキでは「1985年(昭和60年)3月に環境庁(当時)が選定した「名水百選」(昭和の名水百選)との重複はなく、合わせて200選となる。選定にあたっては、各市町村から提出された名水を各都道府県が最大4件推薦し、集まった162件を「平成の名水百選調査検討委員会」が審査した。飲用の適否は考慮されていない。すべての都道府県からそれぞれ最低1つは選出されている昭和の名水百選とは異なり、平成の名水百選では選出された名水が1つもない府県がある」ということで「昭和の名水百選」石川県内は、「弘法池の水」白山市、「古和秀水」門前町、「御手洗池」七尾市となっている。
 さらに気になって平成の名水が1つもない府県はどこやと調べてみると、北から宮城、栃木、大阪、佐賀、長崎となるようだが、大阪以外は不思議だ。

2010年1月23日土曜日

「バローロ」と「花垣」

酒好きと公言しているせいか、ある先生から昨年末に「BAROLO」ANNATA 1988、年明けに「究極の花垣」をいただいた。1988年はイタリアでは最良のビンテージの年でネッビオーロ種はカベルネより色が薄くてオリも少なく、重厚な上品さで、かのカエサルが愛し、フランス国王アンリ2世が賞賛し、「王様のワイン」といわれるだけのことはありました。値段は検索できませんでしたがかなりすると思います。かたや究極の「花垣」は福井県大野市の南部酒造場で全国新酒鑑評会だけのために特別に仕込んだ大吟醸で金賞を受賞したもの。限定2,150本中No.1261と書いてある。写真の四合瓶(5250円)はすでに完売らしい。こちらもハレの日に飲もうと思っているが、あまりいいことがないのでそのままになっている。

2010年1月22日金曜日

さらに頑張らねば。

 探蕎会のHPを移転したことをお知らせしてから会員の皆さんから次々とお礼のメールが届いている。表紙の写真をみて分かるとおり、失礼ながら平均年齢はかなり高い。しかしメールやネットの利用者は多く、電話で連絡をする必要のある方は数人にとどまり、事務局としては非常に助かる。褒められるとすぐ調子に乗るほうなので、さらにHPの充実を目指していくつもりですのでよろしくお願いします。
 ところで「NTTドコモ×ソニー・エリクソン、Android OS搭載の新端末「Xperia」を日本で正式発表--4月発売予定」の記事がでたが、少し気になる機種だ。しかしメモリ2GB、HD250GB、15.6インチLEDバックライト液晶のThinkPad SL510が49,980円で買えることを考えると、ケータイの値段が高すぎるのではないかと思うがいかがだろうか。

2010年1月21日木曜日

やはり暑かった。

 昨日の朝は路面がキンカンナマナマで滑りやすく気を付けて歩いたが、日中は気温がどんどん上昇し16℃までになったようだ。午前4時から大門山を目指した早川先生は「シールがベチャベチャに濡れてしまいもう鬼の様な下駄の嵐、スーパーファットに猛烈な下駄が出来てしまえばもう進もうにも進めない」と引き返したようだが、わたしの子どもの頃はこういう状態を「がっぱがつく」といったものだ。
 今朝起きると屋根の雪は融けてなくなっており、道路もすっかり路面がでて、しかも気温が高いので路肩の雪から水蒸気がでている始末。暖房を控えてマイクロフリースだけで仕事をしても十分暖かい。
 話は変わるが「アップル、米国時間1月27日の特別イベントを正式発表」との記事がCNETに載った。いよいようわさになっている10インチないしは11インチのタッチスクリーンタブレットの発表だろうか。招待状には「Come see our latest creation」と思わせぶりな表現になっているようだ。

2010年1月20日水曜日

医学辞書を共用。

 日本語変換ソフトはMac、WinともATOKを使っており、ATOK13のときに私専用のMac、Win各1台に医学用語辞書(約70,000語・医学書院)をインストールして使っていた。これがないと日常業務に支障を来す。先日ThinkPadを持ち帰り、手書きの原稿をワードに打ち込んでいたが、「肝生検」などの医学用語が一発で変換できずイライラした。現在MacはATOK21、WinはATOK19でOSはXP2台、Vista、Windows 7各1台、すべてのPCで辞書を共有して使う方法を考えた。毎日新しい方法を試したがどれもうまくいかず、HPのサポート欄にあった電話番号にかけても話し中で繋がらなかった。昨夜もうすぐ店じまいというときになって、ATOK13のなかにある医学用語辞書をテキストファイルで書き出すことに成功し、それぞれのWinマシンのユーザー辞書を合併することができた。これで新しいATOKを使っても、辞書の引き継ぎは自動で行われることになった。Macだとライブラリの中にあるPreferencesフォルダにあるATOK21の「ATOK21ユーザー辞書1」を入れ替えするだけなのに、Winは使いモンにならんなと思っていた矢先だった。もう少し真面目にWinの勉強をする必要を感じた次第でした。

2010年1月19日火曜日

新年会

 昨夜は仲間4人ですき焼きで新年会。お店のお姉さんに任せて手さばきをじっくり拝見しようと注視していたら、いきなり割り下をドバドバと入れ、野菜と肉を投入した。つまり焼くという行為がカットされたのである。やはりすき焼きは最初に牛脂を熱し、肉とネギを入れ、とくにネギは少々焦げ目がついたほうがウマイと思う。これではまるで煮物ではないか、楽しみにしていただけにガックリきた。そのせいか瓶ビール2本、熱燗2合、焼酎ロック1杯しか飲めなかった(これでも飲み過ぎという声もあるが)。
 すき焼きや鍋は材料の良し悪しが大切だが、その家で行われている食べ方が一番ウマイと思う。ちなみに我が家ではこれらの料理の場合、材料の選別から味付けまでわたしの厳しいチェックを必要としている。
 さて健康な身体であと何食食べられるだろうか。まさに「一食入魂」となる年代になった。

2010年1月18日月曜日

「探蕎会」HP移転


 ようやく完成した。過去のPDFファイルをみると文字の間違いや、技術の未熟さで破綻を来した箇所をいくつも発見した。時間を見つけて修正していきたい。この10年間でMacは3台、プリンタは2台替わっている。OSは10.0から10.6に進化したが、DTPはPCとプリンタの性能にかなり影響され、初期のカラー版は100部印刷するのに一日かかったがいまではその半分で済む。しかしまだまだマシンの性能がアップして短縮されるだろう。
 DTP作業は文字の扱いや画像処理、レイアウトなど印刷における約束事を理解しなければできないが、この会報をつくる必要性から独学でDTPソフトの習得に努力したのだが、今となってみるとそれが出版にずいぶん役に立っている。これからもさらなるワザをみがくために努力するつもりですのでよろしくお願いします。新しいアドレスはこちらです。ブックマークに追加してください。

2010年1月17日日曜日

「通」「別」「玉」など

 探蕎会会報のPDFファイルを作成する際、平成6年まではPageMaker、それ以降はInDesignを使っている。InDesignはPageMakerのデータを読み込んで変換できるが、タイトルに挙げた文字が半角スペースに文字化けして、しっかり読まないと意味が通じない。原因はわからない。ソフトの切り替え時期だったせいか、22号から24号まではPDF化してなかったので、印刷された会報をみながらの作業となった。ところが24号だけがない。発行者が持っていないというのもおかしいが、しかたなく寺田会長に貸していただきなんとか終了したが、わずか3号のPDF化に一日かかってしまった。
 今日は創刊号から32号までの小見出しをつけ、公開できるようにする作業となる。これでようやく会報で探蕎会10年の歴史を回顧できるようになる。ご期待ください。

2010年1月16日土曜日

探蕎会HP引っ越し予定

 ニフティとホスティング契約しているサーバーの容量は100MB、そのなかで一番ファイル容量が大きいのが「探蕎会」だ。そのため会報のPDFファイルは32号から46号までしか載せていない。なんとか創刊号からアップしたいと考えていたが、現在のHP作成ソフトのメーカーが容量無制限のサーバーを立ち上げた。しかも2年間は無料、その後は月額980円と格安、これでようやくファイル容量を気にすることなく、PDFファイルをすべてアップすることができることになりそうだ。

2010年1月15日金曜日

グーグル中国撤退か

 CNETニュースで「グーグル、中国での検索結果検閲を廃止へ」と大きく報道されている。もともとグーグルが中国に進出するときに一切の検閲をしない方針だったが、目の前の利益に目が眩み、中国政府の要求をしぶしぶ了承した経緯があった。ここにきて「Google.cn」へのサイバー攻撃が激しくなり、もう検閲は止め、ことによったら中国から撤退も辞さないということらしい。『現在「Google.cn」の検閲を中止した結果、共産党独裁を批判する民主活動家の文章や天安門事件の写真など、これまで見られなかった情報が閲覧できる異例の状態となっている。』との記事もある。チョット覗いてみたが中国語はまったく分からないので頭がクラクラするが、写真から判断するとウィキペディアは「维基百科」、スターリンは「史达林」と表現しているような気がした。

2010年1月14日木曜日

雪すかしで一汗かいた。

 朝食後、家の前と駐車場、その後歩いて出勤し、店の前の雪すかしをした。風がないので体感温度はさほどでもなく、また水分が少なく軽い雪なので一汗かいたがカロリー消費はわずかだろう。
 前にも書いたが、家から歩いて信号なしで通勤する場合、最後の下馬の交差点付近をどうやって通るのかというと、金商の裏を歩き、保健学科を通過後右折し、美大にぶつかると左折し小立野トンネルの上を通るので信号はない。そして遺伝研、がん研と医学類B棟(旧薬学部)の入り口から医学部校内を横断するとまったく信号なして店に着くことができる。車もほとんど通らないので、あのバッシャ〜ンにも遭わずにすむ。
 話は変わるが、日航CEOに稲盛氏が就任したが、昨日の本の中でかつて小沢氏が民主党代表を辞任する際、稲盛氏が引導を渡したとあったが、今回の騒動ではどのように判断されるのであろうか。

2010年1月13日水曜日

「自民崩壊の300日」

麻生政権が誕生した2008年9月から、約1年にわたる読売新聞の政治記事を大幅に加筆修正したもの。自民党が野に下る結果となった本質を探るとあるが、力量のない指導者が3代も続けばどのような組織もこうなるのが当たり前で必然的なものだ。
 『麻生政権の後半は、「盟友」を自称する面々が、次々と麻生のもとを離れていく展開となった。麻生が権力の座に近づきはじめたころから、急速に麻生の「側近」然とする取り巻きが増え始めた。もともと自民党内でも弱小派閥しか率いることのできなかった麻生が、急に人望を集めたわけではない。幸運な巡り合わせで麻生が首相のイスに座ることができたのは、党内で敵の多かった麻生を見捨てず、支えてきた古くからの友人の存在があったからだ。しかし、麻生は彼らの助言よりも、にわかに麻生にすり寄って甘言をささやく「盟友」の言葉を信じ、政局運営を誤り、決断の機会を逃していった。(中略)麻生を利用することばかり考える「側近」が麻生政権を蝕み、麻生をいよいよ孤立させていった。』とあるが、これはだれにでもあてはまる教訓だろう。新聞で記事を読んでいたので半日で読み終えた。新潮社刊

2010年1月12日火曜日

「できるWindows 7活用編」インプレス

 Windows 7を早くマスターするため上記の本を注文していたが、触っているうちに覚えてしまい、本が届いて読んだところは、あらかじめインストールされていなかったWindows Liveフォトギャラリーの項だけ、しかしこれもグーグルのPicasaの二番煎じだった。とくに画像処理に関していえることはPhotoshopのように解像度とサイズをしっかり意識して作業させるソフトでないと結局なにも分からないままになってしまうような気がした。国産のPCはインストールされているソフトの数を販売の目玉と考えているようだが、そのようなPCを好むユーザが多いことも原因だろう。OSだけでスッポンポンのままで販売されるlenoboやDellのPCに自分でソフトをインストールして使うかたとはスタートから差が出るのは当然かもしれない。

2010年1月11日月曜日

「龍馬伝」

 第1回目を観逃したので、その録画をみたあと続けて2回目をみた。幼少時の場面は司馬遼太郎の「龍馬がゆく」に忠実で、五尺八寸もあった3才上の姉の乙女から剣術を習うところなどはそのとおりだった。この作品は岩崎弥太郎の目からみた龍馬の話だそうだが、下敷きになっているのはやはり「龍馬がゆく」だろう。福山雅治は背の高さは龍馬と同じくらいだが、顔が整いすぎているのが気になる。これは今年いっぱい続き「坂の上の雲」は年末に続きが放映されるようだ。土佐の龍馬(1836〜1867)、松山の秋山好古(1859〜1930)、真之(1868〜1918)と期せずして四国出身の主人公を扱った司馬の作品が重なったが、かれらが、薩摩や長州などと違い、権力の中枢を目指して権謀術数をめぐらしたのではなく、純粋に国家のために行動したことが司馬の美学にかなったのではないかと思う。

2010年1月10日日曜日

さらに、そばの原産地

のひとつとされているモンゴル行きもまだ実現していない。前会長がとくに希望されていたが、政情不安の時期があったり、会長の体調がすぐれないため、遠野と同様延期となっている。司馬遼太郎の「街道をゆく」の中のモンゴル紀行を読んで、満点の星空の描写に感動したわたしはぜひ行ってみたいが貧乏ヒマなしの生活では実現は難しい。
 現会長の寺田先生は昭和2年生まれだが、体調、気力とも充実しておられるのでぜひ実現していただきたい。
 

2010年1月9日土曜日

「暮坪かぶ」

 3日のブログに蕎麦の薬味として遠野の「暮坪かぶ」を書いたが、今月号のサライに「遠野物語を旅する」の特集があり、柳田國男中心の話の中に遠野の暮坪地区だけで作られている「暮坪かぶ」の記事が載っていた。探蕎会の遠野出身の新田さんからいただくものは葉っぱは切り落とされているので分からなかったが、写真をみると確かに葉っぱは蕪の形をしていた。その辛み成分は辛み大根と比較して14倍もあるそうだが、蕪独特の爽やかな風味で上品な辛さで、蕎麦以外に刺身の薬味としても合うそうだ。暮坪かぶは連作障害のため収穫後3年間畑を休ませる必要があるためか栽培農家はたった5軒という。このように貴重なものとは知らずにいたことは新田さんに申し訳ない。また探蕎会として何回か遠野行きを企画しながら実現していないので、ぜひ何とかしたいものだ。

2010年1月8日金曜日

3時間笑い転げた。

 昨夜はケンミンショー3時間スペシャル、7時から始まるので早退した。ご覧になった方も多いだろうが、「サメの頭」を食べる津軽、「ぬかみそ」でサバやイワシを煮る北九州など、まだまだ知らないことが多く勉強になった。また「かくれケンミンの見抜き方」は素晴らしい企画で、東京で暮らしたことのある方は心当たりがあるのではないだろうか。
 また、ここでわたしもカミングアウトすると「連続転勤ドラマ辞令は突然に・・・」のはるみ役の女性の魅力的な鎖骨を毎回ヤーラシー目で愉しみに見ている。ウィキで調べてみると彼女の名前は黛 英里佳でなんと埼玉県人だった。

2010年1月7日木曜日

そのNexus Oneだが、

朝刊各紙も一斉に取り上げた。これまで検索エンジンやgmail、blogger、chromeなどソフト面だけを開発してきたグーグルがとうとうハードに手を出してきたと話題になっている。スマートフォンにおけるアップルのiPhoneの大成功を意識したのかはわからないが、ハード、ソフトの両方を開発し、地盤を強化させてきたアップルに対し、OSとソフトだけを供給してきたマイクロソフトの衰退をみて考えたのだろうか。理由はともかくスマートフォン市場は各国で特殊な事情を抱えており、しかもハードの性能よりコンテンツの数と質がものをいう世界だ。アップルの「App Store」でダウンロード数30億件を突破という現実(そのうちの50個ほどはわたしのiPod touch)に立ち向かうのは大変だろうが、当然勝算があってのことだと思う。ソフトバンク嫌いでiPhoneを使わないわたしにとっては待ち遠しかった発表だった。

2010年1月6日水曜日

歩く道を変えたら。

 いつもは車の通らない裏道を選んで店まで歩くので当然信号は一つもないが、今朝は駐車場の雪すかしをしてから、小立野小の通学路から、天徳院の脇を通り石引1丁目交差点にでた。赤信号になったので横断歩道の脇で待っていたら大型の四駆が2台続けて通過。道路の端は融雪の水と雪でシャーベット状態になっていて、今朝のブログはどうしようかと考えていたせいか反応が遅れ、タイヤのチッテー水はねをまともに被ってしまった。横にいた中学生たちは傘で避けたがわたしは傘をもっていなかった。上はフードのあるモンベルのドロワットパーカーを着ていたので大丈夫だったが、今日は長靴でなくショートブーツだったのでズボンはビショビショになった。融雪装置はありがたいが、歩行者のことをあまり考えていない。運転するときは気をつけましょう。
 話は変わるがグーグルが「Android」搭載携帯「Nexus One」を正式発表したようだ。

2010年1月5日火曜日

ThinkPadに触って一週間経った。

 OSはWindows 7だが、起動や終了時間はVistaよりは速いかも知れないが、Macからみれば遅いしバッテリーは2時間しかもたない。ブラウザはIE8からGoogle Chromeに替えたし、メールもWindows Live メールからgmailにした。MS Officeは正規ユーザーだが、こんな使いにくいソフトはないと常々思っているし、別に買わなくてもGoogleドキュメントやフリーのOpenOfficeで事足りる。代表的なアプリケーションを他のものに替えられてしまうということはどういうことだろうか。またOSの機能を個人向けおよび法人向けに区別したりすることがそもそも気に入らない。ビル・ゲイツはあくどく儲けた金で慈善事業にのめり込み、もはやPC事業には関心がないようだ。マイクロソフト帝国の崩壊が始まったということではないだろうか。

2010年1月4日月曜日

今日から仕事

 31日から3日まで家で過ごしたが、これ以上休むと身体や精神状態がおかしくなりそうでこれが限界だった。毎日が日曜日というかたもいらっしゃるが、本当に幸せなのだろうか。何かしていないと落ち着かない貧乏性のわたしにはわからない。
 さて不確実な世の中の動きのなかで迎えた新年で、先行きの不安が頭から離れないが、結果的に無駄な努力となるかもしれないことでも一つひとつトライする努力だけは惜しまずにゆきたい。今年もご支援のほどよろしくお願いいたします。

2010年1月3日日曜日

「海童」から「海道」

 昨日、芋焼酎「海童」のことを書いたら、丸岡蕎麦道場の海道さんから電話があり、今、店の前に来ているとのこと。何事かと駆けつけると、今朝打った蕎麦をもって娘さんのところに寄られたそうで、よかったらどうぞとお裾分けをいただいた。
 大晦日の年越し蕎麦は出来合いのそばだったのでこれはありがたい。箱根駅伝のゴールを見届けてから、カミさんがいないので亭主自ら蕎麦をゆでた。大鍋を用意し沸騰した湯の中に生粉打ちなので一回200gずつパラパラとほぐして入れ、40秒で水にさらし、せいろに盛り年末に新田さんからいただいた遠野の「暮坪かぶ」を薬味にした。蕎麦好きにはたまらないお年玉年明け蕎麦となった。

2010年1月2日土曜日

・・・。

 例年通り新潟へ帰省するカミさんを駅に送って帰ると箱根駅伝のスタートに間に合う。ちょっとアルコールを補給しながら朝飯を食べ、途中ウトウトするが、5区で目覚めることをなぜか身体が覚えている。しかしスポーツ中継はともかく正月特有の新春なんとかの番組を観るのはかなりストレスだ。午後からは昨夜録画しておいたNHK教育「日本と朝鮮半島2000年」を観たが、「任那日本府」で歴史の記憶が鮮やかに蘇った。確かに昔習った歴史とは違っており、永久保存版とした。今晩と明晩もあるらしい。
 話は変わるが、夕食で下の娘に芋焼酎を所望すると「海童」を「かっぱ」というので、あまりの漢字の知識のなさに母親に訴えると、彼女もこれまで「海獣」だと思っていたそうだ。こちらは何かの病気でなければいいが。

2010年1月1日金曜日

白い正月

 数年ぶりに雪の正月になった。朝起きると家の周りは20cmの積雪、年賀状もお昼近くの配達となった。断続的に雪が降るので今年は元旦の墓参りと初詣を中止しようと思ったが、何事にも厳しかった父親の顔が浮かび、スコッパ(プ)を積んで出掛けたが写真のように思ったほどの積雪ではなく、盆、正月、春秋の彼岸の行事のスタートを無事済ませることができた。護国神社の初詣も雪のせいか駐車場が空いていて短時間で済ますことができた。
 話は変わるが「心に残るニッポンの歌5時間スペシャル」をみたが、小椋桂、さだまさし、井上陽水、桑田佳祐、竹内マリア、松任谷由実などが提供した楽曲に昭和の吟遊詩人としての才能に感動した。また渡哲也が吉永小百合のピアノ伴奏で「くちなしの花」を歌う場面は初めて観たが、我らの世代の心に秘めた恋心を充分に伝えきれないもどかしさ、そしてその結果の運命を感じたような気がした。今年もよろしくお願いします。