2009年12月31日木曜日

”ながら生活”で平成21年が終わりそう。

 こたつに入ってPCを使っているので、TVのチャンネル権はない。おかげで何十年かぶりに「日本レコード大賞」をチラチラみながらの作業になった。ということで今晩もやはり何十年かぶりの「紅白」につきあわされることになった。
 ところで文字入力にIMEを使っていたが、変換効率の悪さに耐えられず、使い慣れたATOKに変更した。全体的にWinはキー操作がMacの3割くらい多くなるので疲れる。ブラウザも画面がスッキリしているGoogle Chromeに変更した。MacのSafariを意識してつくられたようで、なんとかSafariと同じようなスタイルにカスタマイズできた。MicrosoftのブラウザIE8はもはや第一選択とはならないだろう。
 例年は正月用の本を準備して過ごしていたが、今年はThinkPadをいかに使いやすくするかに時間をとられて終わりそうだ。
 そして紅白が始まったが今年で60回目だそうだ。つまりわたしが生まれた年に始まったということ。同級生の仲間のなかには連れ合いと2人きりでこの番組を観ているかたもあるが、幸か不幸か我が家は今年も5人全員でこのときを迎えた。

2009年12月30日水曜日

今年もご愛読ありがとうございました


 昨日はコタツみかんならぬコタツPCで過ごした。Windows 7は期待したほど目新しい機能はなく、Live Mailでアドレスを一元管理できることぐらいで、これとてGmailでは当たり前のことだ。まだ触ったばかりなのでこれからだが、家ではPCをしない主義できたが、しばらくはしかたがない。
 ThinkPadはIBMの全盛期を知るものにはあこがれのブランドでこれを持っているだけで「できるビジネスマン」の印象があったが、わずか5万円でその気分が味わえるとは便利な時代になったものだ。
 ということでこれで正月も自宅でブログの更新が可能になったが、カミさんや娘からは新しいオモチャを手に入れた子どもとしかみえないようだ。

2009年12月29日火曜日

「びた一文」

 今朝のTVで「劔岳 点の記」の監督木村大作が石原裕次郎賞を受賞し、賞金300万円を何に使うかと聞かれ、スタッフのために還元し、自分のためには「びた一文」使わないと答えていた。
 「びた一文」はよく聞く言葉で、ごくわずかな金銭のことだが、漢字はどう書くのか調べてみると「鐚」で「鐚銭・びたせん」の略、室町時代から江戸時代初期にかけて使われた粗悪な一文銭のことと電子辞書にあった。と、ここまで書いていたら今ThinkPadが届いたのでそちらにとりかかることにする。

2009年12月28日月曜日

まだThinkPadが届かないが、

VOSTROを触っているうちにThinkPadをどういうふうにアレンジするかというアイデアが固まってきた。WinとMacのプレゼンのコンバーター用に使っているデルのノートはこの際引退させ、ThinkPadをその代わりとする。使用するソフトの選定も決めた。毎朝新しいアイデアが浮かぶので、順次トライしてみるつもりだ。
 前にも何回か書いたがPCは最初の1か月ほどカーッと熱くなって努力すればものになるので途中で諦めないことが大切です。
 「坂の上の雲」はこの回で一気に2巻目を過ぎようとしていた。

2009年12月27日日曜日

時間を忘れて。

 来年の学会案内発送のデータの入力と、デルのVOSTRO 220sは本体だけ買ったが、ディスプレイの調子が悪くなり、結局新しいディスプレイの購入のため、A君とパソコンショップを何軒か見て回ったら時間が過ぎてしまい、今ようやくブログの準備にとりかかった。ディスプレイは台湾製で19インチで13000円、これでは国産メーカーは太刀打ちできないだろう。
 ハードに関する限りユーザーが恩恵を受けることができるようになったが、OSの理解やソフトの使い勝手はあまり進歩していない。これではまだまだ多くのかたがPCを使いこなすということにはなっていないように思う。とくにWinユーザーのなかにはXPからVistaやWindows7へのOSのアップグレードすら経験したことのないかたがかなりいるのではないでしょうか。

2009年12月26日土曜日

VOSTRO 220s

 デルデスクトップのPCが届いた。OSはVistaだがWindows7に無料アップグレードできると思っていたらHome Premium以上のグレードが対象らしい(これはHome Basicだった)。さらに販売管理ソフトをインストールしようとしたがうまくいかない。メーカーに問い合わせると今使っているバージョンの最後の数字の違いで対応していないらしい。ということで「二兎追うもの一兎をも得ず」「安物買いの銭失い」の結果となってしまった。

2009年12月25日金曜日

「K」ではなかったが、

レノボのHPは24日までクリスマスセール ファイナルだったが、年末までカウントダウンセールと予想したが、1月6日まで年末年始セールだった。要するに年中セールをやっているということだ。おかげで14インチのノートを注文した翌日に15インチが同じ値段になってしまい口惜しい思いをしたが、国産のメーカーのユーザーを小馬鹿にしたようなつまらないソフトを満載したPCを買わされる不愉快さからは解放される。

2009年12月24日木曜日

ユニクロ アピタタウン金沢ベイ店

 へ連れて行かれた。寒がりの娘たちと寒がりではないがカミさんにも今流行りのヒートテックをプレゼントするためだ。ここは金沢では最大の店舗だと長女がいう。店内はものすごい混雑、レジは二重の列になっていた。人混みの苦手なわたしはルームウエアを選んで、あとは娘に任せ、すぐに車に戻って待つことにした。ユニクロの人気の凄さが分かったが、画一的なデザインや色使いが飽きられるときがやってくるような気がした。そして今朝の新聞の週刊誌の広告はいつもは1/3ページだが半ページに拡大され”「独裁者」柳井正とユニクロ帝国”との見出しが躍っていた。
 ところで「ヒートテック」を変換すると「火ートテック」となってしまい思わず苦笑い、最近行っていないな〜。

2009年12月23日水曜日

Lenovo G550

 ノートPCのことをブログに書いたら、富山のS君から反応があり、さらにA君が先日手に入れたLenovo G550を見せてくれた。価格.comで一番人気だったので買ったとのこと。今朝調べてみると今もトップだった(ThinkPadシリーズは入っていなかった)。ThinkPad伝統の赤いTrackPointがない代わりにテンキーがキーボード上に格納されており、しかもメモリは3GBと多い。仕事でテンキーを利用する場合が多いので、外付けを用意する必要がないことが気に入った。しかしThinkPadとGシリーズのコンセプトの違いはよく理解できなかった。こうなると早く触ってみたいが今日も発送済みのメールはこない。

2009年12月22日火曜日

アップル製品、10月の米国コンピュータ小売販売で

上位を占める。と少し前のCNET Japanにあった。ノートブック部門では13インチで2.26GHzのプロセッサを搭載した「MacBook Pro」が1位を獲得し、同部門の8~10位をApple製品が占めたという。そしてその要因は「iPod」や「iPhone」など、すべてのコンビネーションによって生み出される消費者エクスペリエンスだと分析している。まことにその通りである。
 今回Winのデスクトップ、ノートを買い替えるにあたって機種、機能、価格をMacの同製品と徹底的に比較してみた。結論はMacと同等の機能を満たすには結局CPUはCore2 Duoが必要になり、ほぼ価格帯が同じになってしまう。またエクスペリエンス以外にソフトの使い勝手、セキュリティとなると問題にならない。ではなぜWinマシンを買うかといえば、日常業務はともかくクリエイティブな作業にどこまでWin陣営が力を入れているか確認するためだ。残念ながら現状はまだまだMacが上で、その分の価格差はMacユーザーとっては許容範囲ということだ。Windows 7のPCが届く前の話だが、結論は変わらないと思う。

2009年12月21日月曜日

探蕎会世話人会

 午後2時「敬蔵」に11名集合。来年度前半の予定を協議した。2月11日総会(エクセルホテル東急)、3月14日「達磨」(富山市)、4月18日「ろあん松田」(篠山市)、5月中旬一泊旅行、6月6日「そば打ち」(湯涌みどりの里)と決まった。春の丸岡蕎麦道場はそばの不作により中止、これからは秋の新そば時期の訪問だけになる予定。
 ところで11名のうち、アシより年下、つまり60歳未満は2名だけという構成だが、上へいくほど元気という不思議な集団で、昭和の日本を支えてきたかたがたはまだまだ元気だ。
 昨夜の「坂の上の雲」は日清戦争勝利の場面だったが『勝利の最大の因は、日本軍のほうにはない。このころの中国人が、その国家のために死ぬという観念を、ほとんどもっていなかったためである』と司馬は解釈している。ようやく2巻目に入った。

2009年12月20日日曜日

寒さには結構強い

 今朝も時々雪がちらつくが、昨日降った雪は水分が多く重い。ところで太っているせいもあるが、わたしは真冬でも「寒さってなに?」という状態だ。ステテコやももひき(パッチとかズボン下ともいう)は持っていない。これらは自分の美的プライドが許さないからだ。
 我が家は築40数年の家なので、風通しがよく朝起きると室内の気温は一ケタ、しかし着替えは暖房なしでOK。家や店の暖房も設定温度を低くしてあり、病院から店へ来られ思わずブルッとなっているかたや、コートを着たままの状態で固まっている年配の先生もいらしゃるがお構いなし。
 要は気の持ちようだといいたい。子どもの頃は家は火鉢一つ、コタツも小さいのがあるだけ、窓も木の枠でガラスがガタピシなっていた。それでも冬はなんとかなった。「心頭滅却すれば雪また温し」というところだ。当然この原稿も開店前なので暖房なしの店で書いている。

2009年12月19日土曜日

会報作成中

 今朝の雪すかしは疲れた。太ったせいで体のキレが悪く、休み休みしないと無理だった。
 ところで現在、探蕎会会報46号を作成中。作業の現場をお見せする。iMacの右に20インチのディスプレイを接続し、ページレイアウトソフトはInDesign、右は会報に挿入する候補の画像で、Photoshopで加工したものをAdobe Bridgeに入れてあり、その画像をドラッグして左の紙面にレイアウトするという具合だ。一見難しそうに見えるが実はワードに画像を貼り付けてレイアウトするよりはるかに簡単、しかしレイアウトソフト一式で20万円以上するし、印刷用の決まり事をマスターする必要があるので、一般の方にはお勧めできない。
 右のディスプレイの右端に縦に並んでいるのはわたしがよく使用しているソフトのアイコンで20個以上ありますが、これくらいはマスターしないとMacを使っていますと堂々といえないのであります。じまんたらしいことをゆうてしもた。

2009年12月18日金曜日

ヤ・ラ・レ・タ

 店ではMac2台、Win2台が稼働している。Macは予備のG4が2台あるが非常用。となるとWinのもう1台に何かあるといけないので、ノートを物色してみた。レノボのThinkPadが17日までクリスマスセールだったのですぐに注文した。メモリ2GB、HD 250GB、無線LANもあり、これで49980円は安い、ネットブック並の値段だ。Windows 7を試してみたかったのでぎりぎり間に合ってよかったと思った。しかし今朝レノボのHPをみると【クリスマスセール ファイナル 12/24まで!】とあり、別に慌てなくてもよかった。何がファイナルじゃ、この手の広告にめっぽう弱い人間を狙い撃ちするようなやりかたはグッスイぞ(怒)。となると25日からの広告もなんとなく予想できる。最初の文字は「カ」かな?

2009年12月17日木曜日

今年最後の埋め立て地行きゴミ収集

 ということで段ボール一杯に溜まったフロッピーディスク(FD)を処分することにした。シャッターをずらし、ナイフでキズをつけてデータを読めないようにするのだが、Macの最初のワープロとして買った「ワードパーフェクト」、スライド作成の「Persuation」、お絵かきの「SuperPaint」「マックドロー」、学会用のスライドデータなどのシールをみていたらいろいろ思い出が浮かび100枚ほどで時間となってしまった。
 3.5インチの1.44MBの2HDは発売当時は1枚2千円ほどしたので、大切に使った記憶があるが、あっというまに価格が下がり消耗品扱いになってしまった。FDのあとのZIPやMOも同じ運命をたどった。
 ところでデルから次のようなメールが届いた。「お客様のオーダーは生産が完了し、国際輸送に向けて準備中です。お届け予定日: 2009年12月25日前後です。尚、このお届け予定日は交通事情等により多少遅れる場合があります」。日本向けは中国の福建省・厦門で組み立てているという話がある。ちなみにこれまでに買ったMacはシンガポールだった。

2009年12月16日水曜日

WinPC不調

 おもに販売管理や会計ソフト用に使っているDELLのHDが不調になった。何とか立ち上がったがこの先心配なので、本体だけDELLの製品をネットで発注したがなんと35,230円、ここでも価格破壊が進んでいた。データはバックアップをとってあるが、PCが届いてもセットアップにまた半日かかることを考えると、この忙しい時期にと思ったが、届くのは年末になるようだ。Macはケーブル1本で新しいマシンに環境もアプリケーションもデータも同じものにできるがWinはどうかわからない、というかWinには興味がない。
 現在Macは1時間おきに外付HDにデータは自動バックアップされているし、グーグルに関するものはクラウドにデータが保存されているので万一の場合も安全だが、そのうちすべてのデータやアプリケーションをクラウドに置くことができるようになり、そうなるとPCの性能やアプリケーションのアップグレードなどをまったく心配することがなくなるだろう。PCのセットアップなどは昔話になる時代がすぐそこまで来ているのである。

2009年12月15日火曜日

校正

 エッセイと探蕎会会報46号の校正に取り掛かっている。エッセイの校正は夏から始めているが、秋に著者が40数年ぶりに留学先に行かれてもう一度書き直すとのことだったので組んだままにしてあった。かなり修正が入ったが、困ったことにまた歌詞の引用があり原文にあたってみたが、ネット上ではどれも微妙に違っていた。どこかでだれかが間違えたのだろうが、こうなるとなかなか正解にたどり着くことが難しく、時間だけが過ぎていくので、気分転換に会報の校正に切り替えた。こちらはほぼ原稿が出揃ったので組む作業に入るが、固有名詞の統一や時間の確認などの作業に注意をするだけで楽な作業となる。今回は分量が多いのでページ数が増えそうだ。
 校正の面白さは著者と一緒に状況を疑似体験できることで、文章の巧みさが味を深めてくれる。しかし欠点は校正して筆を加えているうちに自分も書いたような気持ちに陥ってしまうことで、それで満足してしまうことだ。毎日くだくだとわけの分からないブログを書いているのも、その呪縛から少しでも逃れようとしているのかも知れない。

2009年12月14日月曜日

「頂きはどこにある?」スペンサー・ジョンソン著

これまでに氏の作品は「1分間マネージャー」「チーズはどこへ消えた?」と読んできたが、大して印象に残らなかった。「頂きはどこにある?」もついでといったらなんだが何となく読んでしまった。帯には「思い通りにならない仕事・恋愛・人間関係を劇的に変える物語。世界中で成功した人はみんな読んでいる!」とあり(ほんまかいな)、「山」あり「谷」ありの人生で、たとえば「谷の苦しみは それまで無視してきた真実に気づかせてくれる」などの短いフレーズで、「谷」(逆境)をいかに克服することができるかのヒントを提案している。フレーズはたくさんあり示唆に富むが、結局は本人の努力次第という「当たり前田型」の自己啓発本なので、速効性を期待して読む本ではない。 126頁と短いのですぐに読み終える。(訳)門田美鈴 980円(扶桑社)

2009年12月13日日曜日

塩野七生さんの息子アントニオ・シモーネさんが

 今日の「本よみうり堂」に出ていた。彼女はイタリア人医師と結婚し(後に離婚)一人息子がいたが、その顔を見たのは初めて。現在映画の仕事をしているそうで、彼と「ローマで語る」として映画を題材にして本を出したようだ。彼女にあまり似ていないのがいいのか悪いのか分からないが、かなりのイケメンである。「ローマ人の物語」を読んだとき、彼女はカエサルの男性的魅力に惚れてこの作品を書いたのではないかとブログで書いたことがあるが、彼は「ボクはいつも母の意見に耳を傾けます。でも全体が、美に対して敏感な、メンクイの女性の意見ですよ」と語っている。あながち間違いではなかったようだ。

2009年12月12日土曜日

今年最後の書籍展示

 場所はアートシアター石川、といってすぐに分かる人はかなりの通で、片町ラブロの7階、要するに昔の大和の7階。見下ろすと下は新天地、「火ート」の屋根が見えた。講演会場と書籍展示の場所が少し離れているので、来場者が少なく売上はサッパリ。わたしだけ今、早退してきた。大和が入っていたころはともかく、ラブロになってからはユニクロやタワーレコードが移転し、その他のテナントもフォーラスなどに移転したりとかでガラガラになってしまったそうだ。帰りはエスカレーターで下りたが、登りのエレベータですれ違ったのは2人だけ、2階以上のテナントは土曜だというのにほとんど人影がなかった。
 子どもの頃は人混みをかき分けないと歩けないほど賑わっていたが、低い天井、柱の多さ、古いトイレなど、このままではますます、人は遠ざかるのではないだろうか。
 

2009年12月11日金曜日

スズキとVW提携

 これまでいろいろな合併や提携の話がでたが、インドやハンガリーに強いスズキと中国やブラジルに強いVWの提携はなるほどと思った。これほどお互いの思惑の一致したケースは初めてだ。とくにスズキの鈴木修(CEO&COO)のインドへ進出した経緯は経営者としての判断と速やかな決断の重要さは大変勉強になったが、今回はGMとの提携を解消して間髪を入れずVWと組む。硬直した官僚主義的なトヨタや三菱にはできないだろう。
 参考までにウィキペディアにある氏の語録をそのまま引用する。
・「ゼネラル・モーターズが鯨で、うちがメダカ?いやうちはメダカじゃなくて蚊ですよ。だってメダカは鯨にのみ込まれてしまうが、蚊であれば空高く舞い上がることができるのでのみ込まれない。」
・「かつては十年ひと昔といったが、今は一年ひと昔。十年先のことを考えるなんて昔で言えば百年先を考えるようなもの。会社のあるべき姿を描くと現実から大きくかい離する。最小限、何を今なすべきかを考えていくことだ。」
・「現場の班長と一緒に1万円のコストを浮かした苦労話を聞く。そうしたら無駄遣いなんてとてもできない。」
・「土曜休んで日曜も休む奴は要らない。今の日本の悪い所はアメリカ的時間の切り売りが横行している事だ。8時間働けばそれでいいなど通用しない、成果で報酬がでるんだ」

2009年12月10日木曜日

毎月10日発売といえば、

サライである。医学書だけの書店だが、定期購読の一般雑誌は入荷する。その1月号の特集がヤバイ。「年賀状」は毎年のことだが、「極上の年越し蕎麦」、「ジャズ再入門」、「飼うならこの犬」と思わずウ〜ンとなってしまった。しかし読み始めると、そば屋はイマイチ、ジャズはブルーノートの歴史の常識的な話で紹介された作品はすべてもっているので斜め読み、つい「飼うならこの犬」を読んだが、「文豪と犬」のエピソードはともかく、「犬は人生の伴侶」との記事の中で、草野仁さんにじゃれている2匹のMダックスは、ウチの子とよく似ており、今でもまた犬を飼いたいというカミさんには絶対読ませたくない内容だった。

2009年12月9日水曜日

12月8日はよく晴れた日でしたけれど…

「私は普段どおりに大学へ行って、お昼頃のニュースで、「今朝、始まった」ということを知ったのです。と加藤周一は「私にとっての20世紀」のなかで書いている。米国に挑戦すれば負けるということは知っていたので、いよいよ真珠湾というときは暗澹たる気持ちだった。しかし日本政府は大勝利と宣伝したので「ちょっと怖いな」と思っていた人たちもみんな沸き立って、嬉しがった。暗い顔をしていたのはわれわれぐらいのもので、きわめて少数でした(なし崩し的権力掌握の歴史より)。
 東京では冬は風が冷たいがカラリと晴れた天気が続くので普通の天気だったのだろう。
 ところが金沢では非常に珍しい。12月8日はよく晴れた日だったが、今週は8日だけが晴れで、あとは崩れるとの予報だったので畑ヘ出かけた。こちらが本題です。
 市との契約で畑は11月一杯だが、12月10日ころまでは大丈夫ということで今年最後のダイコンの収穫をした。先週収穫した40本は1週間干して、初めて浅漬けに挑戦した。40本といっても肥料が足りなかったせいか寸足らずで、周りの立派なダイコンをみると少しうらやましいが浅漬けにはこちらが適していると思う。ところで昨日漬けた浅漬けだが、糠1kgと塩700g、あとはトウガラシと柿の皮を干したものを加え、1か月で食べ頃になるとあったが、途中経過がわからない。本当にこれでおいしい浅漬けになるのだろうか。結局食物の話になってしまった。

2009年12月8日火曜日

デジタル写真の特徴


 昨日のブログで日付がなぜすぐ分かるかというとデジカメやケータイは時計が内蔵されているので、写した写真にはそのときの情報が記録されるからだ=写真左下、クリックすると拡大する=。写真を管理するソフト(わたしの場合iPhoto)では必ず表示される。従って旅行や登山記録などの時間を記録する場合、紙に記録しなくてもポイントの場所を写しておけばあとで何年何月何日何時何分何秒にそこにいたかが分かる(黄色の枠で囲んである写真は日付2007/08/25、時刻10:00:32)。
 したがってデジカメで撮った写真の下に日付を写し込んであるものをたまに見るが、デジカメの機能を理解していないことがばれてしまうのである(ご本人は気づいていない場合が多い)。
 話は変わるが、昨夜のNHK「日米開戦を語る 海軍はなぜ過ったのか」は、夏に放送された「海軍反省会」のまとめだったが、「海軍あって国家なし」、現在の「省益あって国益なし」。この国の学業エリートの特徴は時代が変わっても中身は変わっていないようである。

2009年12月7日月曜日

エンディングの山

「坂の上の雲」第2回を観た。1回目もそうだったが、エンディングの山はどこだろうと気にかかっていた。今朝ネットで検索してみると白馬大池から小蓮華山にむかう途中でドラマの撮影隊に遭遇したとの記事があり、どうやら白馬岳周辺のようだ。ならばとiPhotoを調べてみると2007年8月25日にT君と白馬岳へ登ったときの写真の中にそれに近いものがあった。
 「坂の上の雲」は原作にかなり忠実に作られているが、坂の上の雲のイメージは山岳ではなくもっと低い場所ではないだろうか。「青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、…」とあるから山岳の山肌に沿って流れる雲ではなく、峠道の上にぽっかりと浮かんだひとかたまりの白い雲のイメージではないかと思う。

2009年12月6日日曜日

国産そば粉がピンチ

 「敬蔵」のご主人から、今年は丸岡産の玄蕎麦が不作で、大変だという話を先日お邪魔したときに聞いたので、海道さんの電話番号を教えたが繋がらないというので直接電話してみると、番号を登録してある方以外の電話には出ないとのこと。今年は長梅雨と収穫時の台風で例年の3割程度しか収穫がないので、これまで長くお付き合いしている方しか供給できず、JAにも出荷できないという話だった。おまけに北海道も不作で探蕎会の塚野さんに聞くと、いつも取り寄せている北海道の製粉業者はもう今年の予約は受けられないという。そのため年越しそばはごく親しい方だけにしか配れないと嘆く。
 そんな中11月15日に探蕎会で恒例の新そばを食べるために31名も丸岡へ押しかけ、存分に堪能し、あげくにそば粉まで送っていただき海道さんはじめ丸岡蕎麦道場の方々には大変ご迷惑をおかけした。 
 ところで今月の「dancyu」に黒姫の銘店「ふじおか」が飯縄高原に移転オープンした記事が載っていた。わたし自身そばの旨さに目覚めた店だが予約ができず不便だったが今度は2名以上で予約可となっていた。ただし11:30分に入店しなければならない。火・水・木曜日定休。

2009年12月5日土曜日

「ル レクチエ」(西洋なしの一種)


 今年もカミさんの実家から10個(4kg)届いた。 なしは大好物の果物だが、西洋なし(といってもラ フランスしか食べたことがないが)は、「もーねー」(「もうない」ではなく、おいしくないという意味、前に「ん」をつけると非常にマズイとなる。また果物は「くだもん」で、物や者はどちらも「もん」と発音するのが金沢では正しい)という印象だった。しかし、去年初めて送られてきた「ル レクチエ」を食べてビックリした。上品な香水のような香りと、 クリーミーな舌触り、酸味の少ない濃厚な甘みで、まさに”The King of Western Pear”。
 ル レクチエは1903年に新潟に苗木が輸入され今でも大半を新潟で生産される。収穫後に追熟を必要とするが期間は常温で40日から45日程度必要で、これは他の品種より長期間を要し、しかも病気に弱く原産地であるフランスでも現在ほとんど生産されていないとのこと。欠点は一気に完熟をむかえるので食べ頃の見極めが難しいことだ。去年は何個かお裾分けをしたが、今年はヤランとこ。

2009年12月4日金曜日

「トム・トラバーツ・ブルース」

 「不毛地帯」のエンディングに流れる曲だが、わたしはiTunesに入れてあるRod Stewartのベストアルバム「The Story So Far」の中の「Tom Traubert's Blues」を聴いたことがあるので、それのカバーだと思っていたが、調べてみると逆だった。歌手はトム・ウェイツ(Tom Waits)、1949年ロサンゼルス、ポモナ生まれのシンガーソングライター、この曲は1976年に発表したものらしい。となると「waltzing Matilda」という歌詞しか聴き取れないので、気になりネットで検索してみたが訳はすぐにみつかったがオリジナルはみつからなかった。
 テーマ曲といえば「坂の上の雲」の「Stand Alone」もイイ。作曲の久石譲は、凛として立つをイメージして「Stand Alone」と名前をつけ、声とオーケストラの組合せにしようと考え、その結果サラ・ブライトマンとN響となったようだ。
 オリジナルの歌詞をようやくみつけた。YouTubeで歌う姿もみられるので皆さんも下の歌詞を見ながらどうぞ。

Tom Traubert's Blues

Wasted and wounded, it ain't what the moon did
Got what I paid for now
See you tomorrow, hey Frank can I borrow
A couple of bucks from you?
To go waltzing Matilda, waltzing Matilda
You'll go a waltzing Matilda with me

I'm an innocent victim of a blinded alley
And tired of all these soldiers here
No one speaks English and everything's broken
And my Stacys are soaking wet
To go waltzing Matilda, waltzing Matilda
You'll go a waltzing Matilda with me

Now the dogs are barking and the taxi cab's parking
A lot they can do for me
I begged you to stab me, you tore my shirt open
And I'm down on my knees tonight
Old Bushmill's I staggered, you buried the dagger
Your silhouette window light
To go waltzing Matilda, waltzing Matilda
You'll go a waltzing Matilda with me

Now I lost my Saint Christopher now that I've kissed her
And the one-armed bandit knows
And the maverick Chinaman and the cold-blooded signs
And the girls down by the strip-tease shows
Go, waltzing Matilda, waltzing Matilda
You'll go a waltzing Matilda with me

No, I don't want your sympathy
The fugitives say that the streets aren't for dreaming now
Manslaughter dragnets and the ghosts that sell memories
They want a piece of the action anyhow
Go, waltzing Matilda, waltzing Matilda
You'll go a waltzing Matilda with me

And you can ask any sailor and the keys from the jailor
And the old men in wheelchairs know
That Matilda's the defendant, she killed about a hundred
And she follows wherever you may go
Waltzing Matilda, waltzing Matilda
You'll go a waltzing Matilda with me

And it's a battered old suitcase to a hotel someplace
And a wound that will never heal
No prima donna, the perfume is on
An old shirt that is stained with blood and whiskey
And goodnight to the street sweepers
The night watchman flame keepers and goodnight to Matilda too

2009年12月3日木曜日

騎兵は花形。

 昨日、探蕎会会長寺田喜久雄先生(金沢大学名誉教授・理)が野町から自転車で店に寄られた。第1回「坂の上の雲」に関する話題になり、当時の陸軍では日露戦争で世界最強のコサック騎兵軍団を破り、よって日本騎兵の父といわれた真之の兄の秋山好古の属した騎兵が一番の花形だったという話をされた。先生は昭和2年生まれ、金沢一中→陸軍幼年学校(仙台、東京、名古屋、大阪、広島、熊本の6校のうち先生は東京へ入学、定員900名なので1校あたり150名だが、志願者数2万名という超難関。しかも当時の警察官の給料が70円ほどのとき、20円くらいの学費がかかったそうだ。陸軍士官学校は無料)→陸軍士官学校→敗戦→四高→金大2年編入→名大大学院と進まれた。高校時代、一中は軍人か教員になるものが多いと聞かされたが、まさしく先生はその両方を経験された。今でも背筋をピンとされている寺田先生と話をすると、だらけた生活をしているわたしにはいい刺激になる。
 先生が帰られたあと、ふと、30年前にお会いした海軍兵学校出身の脳外科教授のことが頭に浮かび、院内を歩幅75cmの海軍の歩行を実践されていたことを思い出した(わたしは小走りであとについたものだった)。

2009年12月2日水曜日

川本八郎「大学改革」ー立命館はなぜ成功したかー

著者は1934年石川県生まれ、立命館大学法学部卒。事務職員から立命館理事長になり、BKC(びわこ・くさつキャンパス)を開設して理工学部を充実させ、別府市に学生の半分を留学生とするAPU(立命館アジア太平洋大学)を創設、また付属小・中・高の教育の見直し、大学院の充実などを手がけた辣腕理事長で、いかにして70年以降低迷していた立命館を改革したかという内容。
 大学という組織において教育はともかく経営は事務職員の力が大事。組織であれ、人間であれ、賢いもの強いものは必ず生き残るという保証はない。歴史と情勢に順応できるものだけが生き残るというまことに当たり前のことを自身の経験の実例を示しながら解説する。 緻密な勝算があったのだろうが、実際は代案なき意見を封じ込めトップダウンで突っ走っただけのようにもみえるが、大学紛争真っ只中のころ、大学に寝泊まりして、占拠しようとした学生たちに殴られ血だらけになりながらも、母校を守ろうとした熱血漢でもある。改革の結果を見る限り、今のところごもっともでございますというほかないが「前をのみ見つめながらあるく」という視点からみればこの方もまた「坂の上の雲」の亜型といえるかもしれない。中央公論新社 2009年11月刊 1785円

2009年12月1日火曜日

「のぶカンタービレ」

 副題は「辻井伸行全米デビュー全盲の天才ピアニスト密着4000日」19時からの放送だったので録画を頼み、夕食後家族全員で観た。今年の6月にヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで日本人として初めての優勝したことが大きく報じられたのでご存知の方も多いだろう。11月のNHK教育TVの特集を見逃し、再放送はBS2、しかしこれは我が家では物理的にみることができない。これまで断片的なプロフィールや演奏しか聴いたことがなく、むしろ傍に付き添うお母さんの美しさに興味があったという不謹慎なファンであったが、昨夜の番組もお母さんは一度も同じ服で登場することなく、本人より目立つ存在だったので、だんだんうっとうしくなっていたが、伸行くんが母親離れを意識しだしたことでまずは一安心というところだった。かれの作曲した「川のせせらぎ」は盲目でありながらキラキラした川の情景や空気まで見事に表現されていた。まさに心で弾いた音楽、とくに第1音が素晴らしい。これはきのうの司馬遼太郎の場合もそうだが、最初の1行の「まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている」で、この作品のすべてを表現できたのではないかと思わせたのと共通しているように感じた。