2009年9月30日水曜日

BiND for WEBLiFE 3

 Mac版が届いたのでさっそく試した。デザインのセンスがない私にとって豊富なテンプレートが揃っているこのHP作成ソフトは重宝で発売当初からずっと愛用している。それ以前は、Go LIve、Dream Weaver、ID for WEBLiFEと使ってきたが、HTMLタグから完全に解放されたのがこのソフト、誰でも簡単にプロ並みのHPができる。今回のバージョンアップの目玉は、専用のサーバーが使え、しかも最大2年間無料、サーバー容量は無制限というもの。わたしは現在ニフティとホスティング契約を結んでいるが、基本契約のサーバー容量は100MB、メールアドレスは5個、容量を増やせば当然費用もかかる。これからは画像はもっと増えるし、動画も必須になるだろう。となると容量無制限の専用サーバーができることはありがたい。独自ドメインを使用しても費用はこれまでの半分以下になりそうだ。グーグルのブログも直接HPのデザインにマッチできる。ただ、リリースしたばかりなので、まだバグがあるが、致命的なものはないので修復されるのに時間はかからないだろう。HP作成に興味のあるかた、このソフトはお勧めです。

2009年9月29日火曜日

第5回白山・手取川もみじウオークの

 案内状が届いた。過去4回のうち2回参加したが、いずれも探蕎会の行事と重なり、初日のコースしか参加できなかった。11月14・15日の今年もやはり行事が重なった。去年は一回り上の木村先生に負けてしまった(スタート時点ですでに差がついていたが、昼食抜きで歩けば追いつけると思ってゼリー飲料でカロリー補給しながら歩いたが、先生も抜いて歩いていたので結局無理だった)。初日の市ノ瀬コース(22km)は去年と同じ、2日目の渓谷周遊コース(31km)は興味があるが、探蕎会の行事を欠席しないと参加できない。白山も転倒して今年は記録なし、気力も失せてきた。ということで締切の10月末まで出欠は保留とする。

2009年9月28日月曜日

ONの時代。第2回(NHKスペシャル)

 「スーパーヒーロー 終わりなき闘い」。思いつきで采配をふるっていたとされた長島、駒田選手に自分と同じことをさせようとした王、二人とも監督になり、期待が大きかっただけにその反動も大きく、ファンから生卵をぶつけられた王の姿は今でも覚えている。
 二軍で迎えた西本の引退試合に顔を見せた長島のことは昨日初めて知ったが、情に篤い長島らしいエピソードだった。
 王は胃癌、長島は脳梗塞、そして二人とも奥様に先立たれたことまで共通しているが、われわれ団塊世代にとって、お二人の栄光と挫折、そして苦悩から懸命の努力で這い上がってきたときの一言一句は胸に迫ってきたのではないだろうか。生涯の手本となるお二人である。

2009年9月27日日曜日

落ち鮎


 朝、畑から帰って地方紙の朝刊を手にとると手取川の落ち鮎の塩焼きの写真が出ていた。そういえば、昨日来店された砺波市に住む先生と庄川の鮎は最高だという話になった。実は昔、手取川で鮎つり(毛針)をやっていた。鮎は解禁日が一番多く釣れ、庄川は手取川の解禁から1週間遅れなので、その日は必ず庄川に向かったものだ。
 先週の水曜日にエムザの裏にできた「金澤鮎の里」で子持ち鮎を食べた。毎日庄川から生きた鮎を直送しているそうだ。一人10匹頼み、うるかで一杯やりながら焼き上がるのを待った。何でもそうだが、最初の一口がウマイが鮎はとくにそうだ。頭からかぶりつきしっぽまで一気に食べる。酒でのどをうるおし、さらにかぶりつくの連続。しかしお腹が落ち着いたところでよく観察すると背びれが非常に小さい、肩の盛り上がりもない。要するに一生懸命泳ぐ必要のない環境で育てられているということだ。天然鮎だと背びれは歯にあたるので外して食べるが、この仕立て鮎はその必要はない。しかし焼き方は見事だ。富山まで行かずに食べられるのはありがたい。子持ち鮎は結構もたれるので10匹がせいぜいだが、解禁の頃の鮎だと20匹は食べられそうだ。

2009年9月26日土曜日

届いたが、

 午前中に届いたのですぐに開けるとなんとWin版だった。パッケージを開封する前に気がついてよかったが、ムラムラと怒りがこみ上げメールで抗議した。なかなか返事がこないのでイライラしながら校正の仕事を続けた。今朝店に着くとメーカーからメールが届いていた。発信は午前4時、すごい残業の会社で驚いた。メールにはわたしの予約した内容が添えられていた。なんとWin版を注文していた。MacとするところをとなりのWinにチェックを入れていたようだ。
 メーカーは交換には応じるが、Win版を返送し到着が確認されたらMac版を送るとのこと。新しモン好きのわたしとしては非常に残念だが、こういう間違いをするようになるのも年のせいだろうか。

2009年9月25日金曜日

月曜日のような木曜日に続き

 火曜日のような金曜日だが、休み中校正はあまり進まなかったので、ピッチを上げなければならないが、HP作成ソフトのバージョンアップが今日届くので、それも試してみたいが、至急の仕事も入ってしまった。こういう場合はソフトが届くまで、至急の仕事にとりかかるということになる。
 年齢を重ねるごとに、多機能なソフトの習得に時間がかかるようになってきたが、少しでも上達したいという気持ちだけはまだ健在のようだ。

2009年9月24日木曜日

ベン・ライリーのことを悪く書いたが、

 調べてみると、杖をついていたのは糖尿病で右足の指2本を切断したことが関係していたのかも。またかれはエディ・ヒギンズ・トリオのアルバムに何回も参加しているし、今回のメンバーもキャメロン・ブラウン(b)、ジョー・コーン(g)以外は同じメンバーだった。憶測で書いてはいけないことを反省した。
 話は前後するが、コンサートのオープニングで向井滋春が最近の学校のブラスバンドは女子ばかりで、たまに男子がいても小さくなっているといっていた。たしかに先日の「御山まつり」でも紫錦台中、金商高のブラスバンドはすべて女子、チューバのような大きな楽器もこなしていた。一緒にいた長女がブラスバンドは運動が嫌いな子が多く、足が細いといっていたが、そういわれてみれば皆、ゴボウのように細かった。
 わたしたちの時代はブラスバンドは男の世界で、女子はせいぜいクラリネットあたりだった。中1のとき、音楽の先生からブラスバンドに誘われ、トランペットを吹いていたが、すぐスポーツに関心が移り、数か月で辞めた経験があるが、今から思えば何かひとつ楽器をマスターしていれば人生はもっと豊かになっていたと思う。

2009年9月23日水曜日

エリック・アレクサンダー(ts)がよかった。

 ジャズはラッパから唾が飛び出るのがみえるくらい近くがいいといわれるので早くから並び2列目のど真ん中を確保した。プログラムは伊藤君子(vo)ではじまり、そのあと椎名豊(pf)、坂井紅介(b)、力武誠(ds)のピアノトリオ、その後のアキコ・グレース(pf)、向井滋春(tb)、西尾健一(tp)を加えたクインテットの時、T君は本当にTpとTbから唾が飛んだのを何回も確認したそうだ(わたしは目が悪く確認できなかったが、気合いの入ったプレイの最中にもかかわらず、目の前のオバサンがコックリをはじめたのが気になっていた)。
 今回、名前を知っているのは同じ年代の向井滋春ぐらいだったが、若さと体力に任せてテナーサックスを吹きまくるエリック・アレクサンダー<イケメン>と、ハロルド・メイバーン(pf)<T君はかれの風貌をクロマニヨン人と形容したが、わたしはネアンデルタール人と思った(要するにガッツ石松の顔の出っ張りをさらに強調したような感じ)は、調べてみるとE・アレクサンダーの大学時代の恩師らしい>、ジョン・ファンズワース(ds)<イケメン>、ナット・リーブス(b)<フツウ>のカルテットが圧巻だった。メンバーの息もぴったりでNYでは今人気らしい。
 失望したのはベン・ライリー・モンク・レガシー・セプテットで急遽寄せ集めで来日したような感じで、しかもそのうち他の2人(tp、b)も70歳前後のジジイ、杖をついてやっと登場したベン・ライリー(ds)はまったく迫力がなかった。セロニアス・モンク・カルテットに5年在籍しモンク亡き後、モンクの音楽を伝えるためにセプテット結成したとあるが、テクニックの古さと年齢から来る衰えはジョン・ファンズワースのパワーの前には遠く及ばなかった。
 最後のオールメンバーのセッションはプレイヤー同士の掛け合いが面白かったが、ジャズがDNAにすり込まれていないせいか、日本人はテクニックは互角だが、アドリブとなるとまだまだかれらに及ばないことを痛切に感じた。
 公演後、反省会で「火ート」に寄ったが閉まっていたので、「更科藤井」で一杯、せいろでシメとしたが、不景気のせいか、夜はヒマだそうだ。

2009年9月22日火曜日

連休中は校正の仕事を2つかかえているが、

 今日は金沢JAZZ STREET最終日、オールスター・スペシャル・コンサートにT君と出かける。会場は文化ホール、時間は16〜20:30まで4時間半という長丁場なので、気合いを入れて、身を浄めてからにしようと、早朝ウオーキングに出かけた。今週は日曜に続いて2回目、角間の金大を目指したが、途中で雨がぱらついたので、途中で引き返し、小立野トンネルの横の階段を登り、初めて美大の敷地内を歩いた。
 驚いたことに敷地内の目立つところに、もう何年も置きっぱなしになっている廃車の小型車、埃だらけのバイク、自転車などが放置されており、異様な雰囲気でとても大学の校内とは思えなかった。美大だからこれらをオブジェと考えているのだろうか。隣接する医学部保健学科がとてもキレイに見えたほどだった。

2009年9月21日月曜日

ONの時代。

 今朝は家族全員で墓参り、穏やかなというより、まだまだ暑い。
 昨夜は「官僚たちの夏」最終回を録画に回し、「HNKスペシャル シリーズ ONの時代 第1回スーパーヒーロー 50年目の告白」を観た。彼らのことは今さら何も説明はいらないが、天才の長島、努力の王という先入観が実は正しくなく、むしろ逆の面があったとの荒川コーチの話が印象的で、事実、「練習の努力は他人に見せるものではない」という美学を語る長島氏であったが、口元をみていると予想以上に病気の状態が思わしくなかったことが窺えた。
 わたしは学生時代に後楽園球場に何回か行ったが、長島を近くで見たいばかりに3塁側の席を選んだものだった。来週も続く。
 

2009年9月20日日曜日

第29回御山まつり


 「御山」のいう名前は一向一揆の頃、小立野台地の端に金沢御堂(御山御坊)が建てられところからきているらしいが、今年から会場が下馬の地蔵さん(非常にローカルで申し訳ないが)から店の前の石引広見に移り、午後1時から特設ステージで美大のバンド4組、小立野小(ソーラン)、紫錦台中(器楽演奏)、金商高校(チアダンス、器楽)などのプログラムがある。写真はリハーサルの模様だが、左がわたしの店なので、いかに目の前かお分かりになるでしょう。
 また「石引」の地名はその昔戸室山から戸室石を金沢城の石垣を築くために運ぶ「石曳き」からきたことをご存知のかたも多いと思う。毎年、行列は下馬からスタートするが、地味なので終点はどこなのか見届けたことはない。このように関係者の方には申し訳ないが、地元にいてもイマイチ盛り上がりに欠ける祭りなのである。

 

2009年9月19日土曜日

さっそく反応があった。

 岡田克也外相は18日の記者会見で、外務省での記者会見について「原則としてすべてのメディアに開放する」と述べ、記者クラブに所属する報道機関以外にも参加を広げる方針を明らかにした(毎日新聞)。
 これで「記者クラブ」と称するわが国独特の報道姿勢が改まるきっかけになればと思う。
 話は変わるが、昨夜のNHK「金とく」北アルプス縦走(後編)は面白かった。とくにジャンダルムのシーンは迫力があった。木村先生はアンザイレンしていれば大丈夫だといっていたがその通りだった。しかし高所恐怖症のわたしにはとても無理。観ているだけで股間がツ〜ンとなった。

2009年9月18日金曜日

民主党の「記者クラブを解放する」公約が守られなかった。

 あの時の会見で、記者の質問、とくに「記者クラブ」による「官僚の定例記者会見の中止」について、なぜなのかという同じ質問の繰り返しに、疑問をもったかたも多いだろう。今朝のネットニュースではあの会見はこれまで通り「記者クラブ」を使い、さらに「特例として」外国特派員や週刊誌・専門誌記者などの出席を認めただけで、ネット系メディアの記者は閉め出されていたとあった。また週刊朝日編集長である山口一臣氏の「新聞が書かない民主党の公約破り」というブログ記事を引用すると「記者クラブ解放」は「一部メディアの圧力と党内守旧派によって握りつぶされた」。同記事によれば、この件で使われた一言は「新聞、テレビなどのメディアを敵に回すと政権が長く持ちませんよ」と、「ヤ」のつく自由業も顔負けの恫喝まがいの一言であったという。
 我が国特有の「記者クラブ」と政官との癒着の弊害はたびたび問題にされているがまだまだの感がある。

2009年9月17日木曜日

鳩山内閣発足

 遅くまで閣僚の会見をみていたので眠い。鳩山氏の首相就任記者会見の話し方はよかった。かつて小沢一郎に心酔し、「が〜」、「ので〜」と語尾を強調する話し方までそっくりになっていたので心配していたが、ようやく自分の言葉で話すようになった。なんとか4年間政権を維持できれば、官僚や周囲の状況は確実に変化するので、張り切りすぎて足元をすくわれないように気をつけていただきたい。
 話は変わるが2年上のかたにはどういうわけかコンプレックスというか畏怖感がある。中学1年のときは3年生はでかくて中にはオッサンのようなかたもいたし、高校1年のときは真新しい白線帽を被った身にとって、薄汚れて汚い帽子や、コイツ絶対タバコや酒を飲んでいるなと思わせる迫力のあるかたもいた。要するに縮み上がっていたような気がする。しかし自分がその立場になるとまったく杞憂だったことに気がつくものだ。総理も副総理もわたしにとってその年代になる(学年では3つ上になるが)。

2009年9月16日水曜日

福島瑞穂のサイン

 新聞の週刊誌の見出しに「小学生みたいな字で3党連立合意書にサイン」と書かれているし、ネットでもそのときの彼女のサインの画像がアップされている。確かに幼稚な字だ。1955年生まれ、東大法卒の才媛だが失礼ながら彼女の年代あたりまでは字がきれいでないと軽く見られる風潮があった。わたしは彼女のような字を書く人から手紙をもらったとしたら、百年の恋もなんとかだ(あり得ない話だが)。
 もっとも字も幼いが彼女が言っていることも、子どもじみた話ばかりであきれてしまう。しかし大臣に内定したときの顔はうれしさを隠せない表情だった。もしかすると精神年齢はまだ子どもかもしれない。「字(名)は体を表す」ということだろうか。
 そういうわたしの字はというと、書いて30分くらい経つと自分でも読めなくなるし、周りからは「象形文字」といわれている。ワープロがあるおかげでなんとか生きていられるというのが現状だ。
 ということで、きれいな字を書く人は今でもわたしの憧れの対象になっている。

2009年9月15日火曜日

オフ会@「空海」

 小学校5年の3学期に長田町小から野々市の郷小に転校した。一学年一クラスしかない木造の校舎には驚いたが、郷小は私の学年を最後に野々市小学校と合併して閉校した。20歳のときに再び金沢市に戻ったので長い間小学校のことは記憶から遠ざかっていた。数年前に初めて同窓会の案内状が届き参加したが、姓ではなく名前で呼び合うのをみていると、なかなか話に入りづらかったが、転校生を大事にしてくれたことには感謝の気持ちで一杯だった。なんとかお返しできることはないかと考えた末、HPを立ち上げることを思いついた。
 昨夜はそのHPに積極的に参加してくれた主要メンバー4人で宴会となった。これからも参加してくれる仲間を増やすように努力をすることで一致したが、毎日HPをみていると久しぶりに会ってもまったくそう感じないところが不思議なところだ。

2009年9月14日月曜日

プレゼン作成2件

 昨日はメールで添付、今朝はデータがメールに添付、手書きイメージ原稿がFAXで届いていた。プレゼン作成は久しぶりだが、先日からkeynoteの勉強をしており、パワーポイントよりはるかに使い勝手が上回り、ダイナミックなプレゼンが可能なのでこのソフトをもっと宣伝したいと思うが、世の中はまだパワーポイントだけなので、発表にもMacを持参しなければならない制約があるのが残念である。とりあえず、ごく少数のMacユーザーの先生に試してもらっているが評価はよい。Mac専用ソフトなので、Win版ができればドッとこれに変わる可能性があると思う。
 ということでさっそく作成にとりかかる。

2009年9月13日日曜日

朝、畑へ。

 ナス、トマト、オクラを収穫。ダイコンの種を1畝蒔き、先に蒔いたダイコンの間引きを始めたところで急に雨が降り出したので作業は中止したが家に戻ると雨は止んでいた。今日はトマトを倒して次の準備をするつもりだったが、まだ元気があるのでもう少し様子をみることにした。去年のダイコンはどういうわけか、すべて丈が短く辛み大根になってしまい、毎回涙なしには食べられなかったが、今年はどうなることか。種を蒔くのも3回に分け、カブの種も1畝蒔いたのでこれからが楽しみだ。トマトのあとはホウレンソウにする予定。去年は春に蒔いたが、発芽後、水やりをサボったせいであとかたもなく消えてしまったので再トライアル。
 8時からNHK教育TVで「やさいの時間」を観ると、ハクサイやキャベツにつくアオムシ、コナガ、ヨトウムシなどの害虫の退治法を教えていたが、いつも思うことだが「捕殺」というスゴイ表現には、同じ生き物なのにずいぶんヒドイ扱いをうけるものだと違和感がある。しかし畑で「捕殺」を免れてモンシロチョウになって飛んでいるのをみると、この野郎と思うようになったので、そのうちなんとも感じなくなるのかもしれない。

2009年9月12日土曜日

「金とく」北アルプス縦走(後編)放映延期

 楽しみに帰ったら1週間延期となっていた。「ジャンダルム」付近で遭難した人を救助する際、岐阜県の防災ヘリの機体後部のローターが岩盤に接触して墜落し、乗員3名が死亡したとのニュースをネットで知っていたので、今回の放映はまさしくその「ジャンダルム」を登るシーンが予告で流れていたからしかたがない。
 とくに今年は60歳以上の登山者の事故が目立つ。わたしも去年と今年と2回も転倒した。体力は年々落ちていくし、反射神経も鈍くなっている。今まではラッキーだったと思い、キッチリとトレーニングして身体を鍛え直してからにしないと、大きな事故になりそうなので、今年は自重しようと考えている。

2009年9月11日金曜日

27,800円→19,800円

 昨日発表になったiPod touchの値段だ。8GBの容量のものが1年間でこれだけ安くなった。同じ値段だったら32GBが買える。iPod nanoにはビデオカメラとFMラジオもついた。iPod touchは携帯音楽プレイヤーとしてはもちろんだが、Wi-Fi環境下でネットに接続し、サイトや、メールのチェックができることが最大の特徴だ。gmailにメールを転送するようにすれば、これさえあれば無線LANのあるところではどこでもPCなしで可能で、文字通りポケットPCとして使えるすぐれものだ。この値段になった以上、買おうかなと悩んでいる方はすぐに買うべきだろう。ほんの少し前に買われたM先生はさぞかし口惜しいでしょうが、PC関係の進歩と価格との関係はこんなもんだからしかたがない。
 肝移植手術をうけて1年ぶりにプレスイベントに登場したS・ジョブス氏の姿は痛々しかったが、トップダウンでアップルを支えてきた功績は大である。まだまだ頑張ってもらいたい。

2009年9月10日木曜日

「がんと向き合う」

 先週と今日の2回、波田野基一(金大名誉教授・がん研)先生の記事が北國朝刊に載った。先週はがん研の佐藤所長、今日は金沢医療センター院長小島先生の談話だったが、小島先生の手には探蕎会会報があった。出勤してからバックナンバーを調べてみると、それは第33号(平成18年4月30日発行)だった。小島先生は2006年にいただいたと書かれていたので一致する。
 波田野先生は75歳で探蕎会を立ち上げ、10年間会長として活躍された。私は先生と同じ町内に住んでいるというだけで会に入れられたが、会の行事以外でも行ったことのないそば屋を電話帳で調べ、よく誘われたものだ。たまに大ハズレでマズイ蕎麦だったときも文句ひとついわず完食されていた。
 大腸癌で入院されたときに質問したが今まで健診は受けたことがなかったそうだ。それ以上病気に関する話はされなかったが、探蕎会会長の職は辞するといわれたので覚悟はされていたのだろう。2回目の入院で帰らぬ人となられたとき、木村先生と自宅にお邪魔したが、10年前に探蕎会を結成した同じ座敷でまさしく「即身仏」のようなお姿だった。健診さえ受けていれば百歳までも生きられたのではと思うと今でも残念でしかたがない。

2009年9月9日水曜日

松本 尚先生のこと

 木村先生から自宅のMacがインターネットもメールも出来なくなったと連絡を受けたので昨夜お邪魔した。Mac本体は大丈夫だったので、モデムの問題と考え、電源を抜いて入れ直すと、モデムのPPP(電話回線を通じてコンピュータをネットワークに接続するダイヤルアップ接続でよく使われるプロトコル)が点滅し、再構築しだしたのでこれだけでOKだった。おかげでその後すぐに酒盛りに突入したが、NHK10時からの「プロフェッショナル」を見ていたら見覚えのある先生が出ていた。松本尚先生だった。彼は金大を出て第二外科(消化器外科)に入局したが数年で辞め、日本医大の救急へいかれたが、その際に挨拶に来られたとき以来だった。出身校を離れてしかも途中から他へ行くのは人の数倍の努力が必要で大変だが頑張るように話した記憶があるが、救急医療の最前線で活躍している姿を見て感慨無量だった。
 ラストシーン近くで、金大附属高校時代の制服姿と石川門が映ったが、金大医学部出身との説明はなかった。実力だけの世界では、学歴なんか無用ということだろう。卒業年次や出身校にやけに詳しい医者がいるが、そういう視点でしか評価できない世界に埋没しているものにはいい刺激になってくれればと思った。

2009年9月8日火曜日

加藤周一「過客問答」かもがわ出版

 タイトルは李白の詩「光陰者百代之過客也」からか、それを引用した芭蕉の「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」だろうし、問答とは江藤文夫が聴き手をつとめたからだろう。目次は1.半世紀を旅して、2.戦時下の風景、3.芸術作品を読む、4.中国の表情と日本の表情となっている。
 氏は旅にはカメラを持たないという。カメラに収めることと対象を見ようとすることは必ずしもつながっていないからだそうだ。前に読んだ「私にとっての20世紀」にも、絵画は必ず本物を実際にみないで評価はしないし、外国のことも実際住んだ経験のない地域のことは書かない主義だ。とにかく頑固モンにも程度があるが、あまりに含蓄の多い文章が続くので、最近政治の世界では「脱官僚」などという言葉がよく登場するので、中国の官僚について記した箇所があるので一部を紹介する。
 「日本では中産階級でも、東大法学部でいい成績をとれば役人になれるが、中国では官僚になって15代目とか、おじいさんの代からだとかで、役人になるのは生易しいものではないらしい。カナダにいた頃に中国の教授との話のなかで、学生時代にも学生食堂に行ったことがなく、昼飯は家の料理人が弁当を作って、それを別の召使いが大学まで届け、食べ終わるとそれをまた持って帰る。しかも昼飯なので非常に簡単で15皿とか20皿程度にすぎなかったという。共産主義の世界になってもそういう人間が代々官僚になる、その2000年の官僚の歴史を変革するためにも文革が必要だった。ただしちょっと急ぎすぎた。」とあった。面白い指摘だ。
 ある先生が東大の連中はあれは何年にああいったとか、とにかく昔のことを非常によく記憶していると感心していたが、氏も東大医学部の出身、対談で昔の記憶を正確に再現できるのは当然のことなのだろうか。

2009年9月7日月曜日

第266回OEK定期公演

 朝刊を開くと昨日のコンサートの写真が出ていたが、岩城宏之氏の写真の前の最前列の席だった。演奏曲はハイドン「交響曲102番変ロ長調」、モーツァルト「クラリネット協奏曲イ長調」、プトリー「アルト、およびソプラノのサクソフォンと管弦楽のための協奏曲」(世界初演)の3曲、ハイドンはどれを聴いても、ああハイドンだとしか感じなかった。「クラリネット協奏曲イ長調」は有名な曲で誰でも聴いたことがある曲だが、クラリネット奏者の豊永美恵さんは、今年度岩城宏之音楽賞を受賞したかたで、OEKと初共演、かなり緊張しているようで、何回もドレスの裾で指を拭いていた。しかし若々しく力一杯の演奏は非常に良かった。一番の興味は最後の作品でサックスがクラシックのメインになった曲を聴くのは初めて、しかも世界初演ということは、会場でお会いした耳の肥えた探蕎会の木村先生や、久保さんとも互角に渡り合えるということだ。
 須川展也さんのソプラノサックスは Kenny Gが使っているようなストレートではなくカーブドネックになっていたが、これは音をやわらかくするためだろう。ちなみにわたしのiTunesに入っているサックスプレイヤーは、Art Pepper、Charles Parker、 John Coltrane、 Kenny G、 Paul Desmond、 Sonny Rollins、Sonny Stitt、 Stan Getz、 日本では本多 俊之、MALTA、渡辺 貞夫などで、すべてジャズかフュージョン、 クラシックのサックス演奏方法はジャズサックスとはまったく違うが、かれのテクニックならどちらでもこなせそうだ。

2009年9月6日日曜日

絶好の山日和だが。

 午後3時から音楽堂でOEK定期演奏会があるため断念、というかまだ体力に自身がない。ということで6時からウオーキングをした。自宅近くの鶴間坂を3往復し、そのあと浅ノ川の若松橋から下田上橋の間の遊歩道を往復すると時速5kmくらいで歩くのでちょうど1時間、いい汗をかいたので気持ちがいい。毎朝このペースで歩いたらあっという間に体重が落ち、体力的に楽になるのだが実行はなかなか難しい。
 話は変わるが、昨夜の対オランダ戦に対する岡田監督のコメントは、Wカップベスト4を目指すという理想は高いが、現状認識と具体的な指導力に大きな問題があるように感じた。「政局より政策を優先した判断は間違っていなかった」と強弁した首相とどこか似ている。とくに強情さはそっくりだ。こういう指揮官だとスポーツも政治も、従うほうはたまらんだろうな〜。
 

2009年9月5日土曜日

早朝畑へ。

 5日ぶりだったので、秋ナス、ピーマン、シシトウ、オクラなどバケツ一杯の収穫、さらにダイコンを間引きしたあと、畝を3本立てた。
 ダイコンの間引き菜は朝食のみそ汁に入り、皮がやわらかくおいしい秋ナスはこれからのお楽しみだ。
 「秋茄子は嫁に食わすな」という諺があるが、ウィキペディアでは「秋茄子わささの糟に漬けまぜて 嫁には呉れじ棚に置くとも」という歌が元になっており、嫁を憎む姑の心境を示しているという説。また「茄子は性寒利、多食すれば必ず腹痛下痢す。女人はよく子宮を傷ふ(養生訓)」などから、嫁の体を案じた言葉だという説もある。さらに、そもそも「嫁には呉れじ」の「嫁」とは「嫁が君(ネズミのこと)」の略であり、それを嫁・姑の「嫁」と解するのは後世に生じた誤解であるとする説(『広辞苑』第三版、「あきなすび」の項)。しかし「嫁が君」は正月三が日に出てくるネズミを忌んで言う言葉であり、「秋茄子わささの~」の解としては(季節が合わず)やや疑問ではある。「親の小言と茄子の花は千にひとつの無駄もない」ナスの花が結実する割合が高い事に、親の小言を喩えた諺。などと諸説紛紛だが、「嫁に食わすな」はほかにも「秋鯖」「五月蕨」「秋の鮗(コノシロ)」などがあるそうなので、こうなるとやはり嫁を憎む姑の心境以外は後付の理由のような気がしてならない。

2009年9月4日金曜日

『思考の整理学』(筑摩書房)、100万部を突破

 「8月31日に59刷目の重版を発注し、累計発行部数が101万5000部に到達した。1986年の刊行以来、23年目にしてのミリオン」との記事を見た。わたしは3年前くらいに買ったが、読み終えるまでそんなに昔の本だとは思わなかった。外山滋比古氏の本はさらに「読みの整理学」も読んだが、こちらはイマイチだった。
 先日図書館で借りて読んだ加藤周一「私にとっての20世紀」は読み返すために文庫本を買ったが、文庫版は今年の2月に出版されたが、4月ですでに4刷となっていた。
 政界のドタバタをヒステリックに伝えるマスコミのレベルの低さに失望を感じているが、このような本が増刷を重ねていることは日本人の良識は、まだ健在ということか。しかし残念ながら良識というものはいつでも声が小さいものである。

2009年9月3日木曜日

iWork '09

 Snow Leopardはソフトウエアやプリンタドライバの対応を待つしかないが、iWork '09のトライアルを試しているうち、これは手に入れる価値があると判断し、昨日Apple Storeから届いた。さっそくkeynoteでパワーポイントのファイルを読み込み互換性のテストや使い回しの感触を味わった。あらたな用語の理解、テキストを整列のやりかたなど、パワーポイントの操作が染みついているのでときどき予期せぬ動作となることがあるが概ね良好。
 かつてマックドローを使いたいだけでMacを買った方がいるが、iWorkは取り回しの便利なソフトなので往年の感動をふたたび味わったような気がした。他のソフトもそうだが、iWork '09のマニュアルは1枚だけ。仕事柄、ソフトの使い方は常に一歩先を行かなければならないので、マニュアル本を注文したが、直感で操作できるのでその必要はなかったかも知れない。
 話は変わるが、3年間のハーバードの留学から帰った先生と話をしたが、米国の一流大学の研究者や学生のレベルの高さは日本とは比較にならないという点については、今読んでいる加藤周一「過客問答」にも同様のことが書いてあり、米国は経済的には停滞しているが、学問的には世界の追随をまだまだ許さないシステムと実力を備えているとのことで加藤周一と同じ意見だった。
 

2009年9月2日水曜日

「何も持たず存在するということ」角田光代

 別にこれを読もうと思ったわけではなく、図書館の随筆の棚をブラブラしていたら、タイトルが面白いので選んだというわけだ。人気作家である彼女の作品は一度も読んだことはないが、エッセイなら気楽に読めるだろうという消極的な判断、なにしろ他の作品が加藤周一「過客問答」、河合隼雄「物語を生きる」とお堅い作品なので息抜きになると思った。
 タイトルのエッセイは巻末のもので、高校の演劇部で舞踏を指導してもらったかたが、自分からは何者であるか一切触れず(実は世界的に有名な舞踏家だった)、彼は彼自身としてそこに存在していた。そのような大人になりたいと結んでいる。その割に少女時代から作家を目指し、欲しくて欲しくてたまらなかった直木賞受賞の模様などがとくに詳しいのはなぜか矛盾している。
 いい出来のエッセイで女性ファンが多いのは読んでいて分かるが、彼女はタバコを吸うので評価が厳しくなったのかもしれない。

2009年9月1日火曜日

Leopardに戻る。

 Snow Leopardにして楽しんでいたが、プリンタが反応しなかった。仕事柄、高価なポストスクリプトプリンタを使用しているが、プリンタドライバが未対応で、2台とも印刷不能。慌ててサポート欄を読んでみると、アドビのアプリケーションも動作を保証していないことが分かった。10.4→10.5のときは1か月くらい慎重に対応を見極めていたが、今回はLeopardの上にSnowがついただけなので(実際ヒョウの頭に雪がのっている)甘く見てしまった。アップルのサポートに電話するともう一度HDをフォーマットしてからLeopardをインストールし直しするしかないという。泣く泣く半日かかって10個ほどのアプリケーションをセットアップし、タイムマシンからデータを復旧しようとしたが、今度はフォーマットした時間より前に戻ってくれない。またもサポートに電話すると今度は上級の部署の担当に回された。話を聞くともっと簡単にSnow Leopardをインストールする直前の状態に戻すことができるとのこと。しかしタイムマシンの日付が1日ずれていると質問すると、ここだけは米国時間になっているとのこと。妙に感心しながら、セットアップディスクを入れただけで、何もしないで2時間あまりで復旧した。
 タイムマシンはデータだけバックアップすると思っていたが、Mac全体をバップアップするようだ。新しモン好きのわたしが招いたトラブルだったが、おかげでMacの実力の凄さを実感することになった。