2009年12月31日木曜日

”ながら生活”で平成21年が終わりそう。

 こたつに入ってPCを使っているので、TVのチャンネル権はない。おかげで何十年かぶりに「日本レコード大賞」をチラチラみながらの作業になった。ということで今晩もやはり何十年かぶりの「紅白」につきあわされることになった。
 ところで文字入力にIMEを使っていたが、変換効率の悪さに耐えられず、使い慣れたATOKに変更した。全体的にWinはキー操作がMacの3割くらい多くなるので疲れる。ブラウザも画面がスッキリしているGoogle Chromeに変更した。MacのSafariを意識してつくられたようで、なんとかSafariと同じようなスタイルにカスタマイズできた。MicrosoftのブラウザIE8はもはや第一選択とはならないだろう。
 例年は正月用の本を準備して過ごしていたが、今年はThinkPadをいかに使いやすくするかに時間をとられて終わりそうだ。
 そして紅白が始まったが今年で60回目だそうだ。つまりわたしが生まれた年に始まったということ。同級生の仲間のなかには連れ合いと2人きりでこの番組を観ているかたもあるが、幸か不幸か我が家は今年も5人全員でこのときを迎えた。

2009年12月30日水曜日

今年もご愛読ありがとうございました


 昨日はコタツみかんならぬコタツPCで過ごした。Windows 7は期待したほど目新しい機能はなく、Live Mailでアドレスを一元管理できることぐらいで、これとてGmailでは当たり前のことだ。まだ触ったばかりなのでこれからだが、家ではPCをしない主義できたが、しばらくはしかたがない。
 ThinkPadはIBMの全盛期を知るものにはあこがれのブランドでこれを持っているだけで「できるビジネスマン」の印象があったが、わずか5万円でその気分が味わえるとは便利な時代になったものだ。
 ということでこれで正月も自宅でブログの更新が可能になったが、カミさんや娘からは新しいオモチャを手に入れた子どもとしかみえないようだ。

2009年12月29日火曜日

「びた一文」

 今朝のTVで「劔岳 点の記」の監督木村大作が石原裕次郎賞を受賞し、賞金300万円を何に使うかと聞かれ、スタッフのために還元し、自分のためには「びた一文」使わないと答えていた。
 「びた一文」はよく聞く言葉で、ごくわずかな金銭のことだが、漢字はどう書くのか調べてみると「鐚」で「鐚銭・びたせん」の略、室町時代から江戸時代初期にかけて使われた粗悪な一文銭のことと電子辞書にあった。と、ここまで書いていたら今ThinkPadが届いたのでそちらにとりかかることにする。

2009年12月28日月曜日

まだThinkPadが届かないが、

VOSTROを触っているうちにThinkPadをどういうふうにアレンジするかというアイデアが固まってきた。WinとMacのプレゼンのコンバーター用に使っているデルのノートはこの際引退させ、ThinkPadをその代わりとする。使用するソフトの選定も決めた。毎朝新しいアイデアが浮かぶので、順次トライしてみるつもりだ。
 前にも何回か書いたがPCは最初の1か月ほどカーッと熱くなって努力すればものになるので途中で諦めないことが大切です。
 「坂の上の雲」はこの回で一気に2巻目を過ぎようとしていた。

2009年12月27日日曜日

時間を忘れて。

 来年の学会案内発送のデータの入力と、デルのVOSTRO 220sは本体だけ買ったが、ディスプレイの調子が悪くなり、結局新しいディスプレイの購入のため、A君とパソコンショップを何軒か見て回ったら時間が過ぎてしまい、今ようやくブログの準備にとりかかった。ディスプレイは台湾製で19インチで13000円、これでは国産メーカーは太刀打ちできないだろう。
 ハードに関する限りユーザーが恩恵を受けることができるようになったが、OSの理解やソフトの使い勝手はあまり進歩していない。これではまだまだ多くのかたがPCを使いこなすということにはなっていないように思う。とくにWinユーザーのなかにはXPからVistaやWindows7へのOSのアップグレードすら経験したことのないかたがかなりいるのではないでしょうか。

2009年12月26日土曜日

VOSTRO 220s

 デルデスクトップのPCが届いた。OSはVistaだがWindows7に無料アップグレードできると思っていたらHome Premium以上のグレードが対象らしい(これはHome Basicだった)。さらに販売管理ソフトをインストールしようとしたがうまくいかない。メーカーに問い合わせると今使っているバージョンの最後の数字の違いで対応していないらしい。ということで「二兎追うもの一兎をも得ず」「安物買いの銭失い」の結果となってしまった。

2009年12月25日金曜日

「K」ではなかったが、

レノボのHPは24日までクリスマスセール ファイナルだったが、年末までカウントダウンセールと予想したが、1月6日まで年末年始セールだった。要するに年中セールをやっているということだ。おかげで14インチのノートを注文した翌日に15インチが同じ値段になってしまい口惜しい思いをしたが、国産のメーカーのユーザーを小馬鹿にしたようなつまらないソフトを満載したPCを買わされる不愉快さからは解放される。

2009年12月24日木曜日

ユニクロ アピタタウン金沢ベイ店

 へ連れて行かれた。寒がりの娘たちと寒がりではないがカミさんにも今流行りのヒートテックをプレゼントするためだ。ここは金沢では最大の店舗だと長女がいう。店内はものすごい混雑、レジは二重の列になっていた。人混みの苦手なわたしはルームウエアを選んで、あとは娘に任せ、すぐに車に戻って待つことにした。ユニクロの人気の凄さが分かったが、画一的なデザインや色使いが飽きられるときがやってくるような気がした。そして今朝の新聞の週刊誌の広告はいつもは1/3ページだが半ページに拡大され”「独裁者」柳井正とユニクロ帝国”との見出しが躍っていた。
 ところで「ヒートテック」を変換すると「火ートテック」となってしまい思わず苦笑い、最近行っていないな〜。

2009年12月23日水曜日

Lenovo G550

 ノートPCのことをブログに書いたら、富山のS君から反応があり、さらにA君が先日手に入れたLenovo G550を見せてくれた。価格.comで一番人気だったので買ったとのこと。今朝調べてみると今もトップだった(ThinkPadシリーズは入っていなかった)。ThinkPad伝統の赤いTrackPointがない代わりにテンキーがキーボード上に格納されており、しかもメモリは3GBと多い。仕事でテンキーを利用する場合が多いので、外付けを用意する必要がないことが気に入った。しかしThinkPadとGシリーズのコンセプトの違いはよく理解できなかった。こうなると早く触ってみたいが今日も発送済みのメールはこない。

2009年12月22日火曜日

アップル製品、10月の米国コンピュータ小売販売で

上位を占める。と少し前のCNET Japanにあった。ノートブック部門では13インチで2.26GHzのプロセッサを搭載した「MacBook Pro」が1位を獲得し、同部門の8~10位をApple製品が占めたという。そしてその要因は「iPod」や「iPhone」など、すべてのコンビネーションによって生み出される消費者エクスペリエンスだと分析している。まことにその通りである。
 今回Winのデスクトップ、ノートを買い替えるにあたって機種、機能、価格をMacの同製品と徹底的に比較してみた。結論はMacと同等の機能を満たすには結局CPUはCore2 Duoが必要になり、ほぼ価格帯が同じになってしまう。またエクスペリエンス以外にソフトの使い勝手、セキュリティとなると問題にならない。ではなぜWinマシンを買うかといえば、日常業務はともかくクリエイティブな作業にどこまでWin陣営が力を入れているか確認するためだ。残念ながら現状はまだまだMacが上で、その分の価格差はMacユーザーとっては許容範囲ということだ。Windows 7のPCが届く前の話だが、結論は変わらないと思う。

2009年12月21日月曜日

探蕎会世話人会

 午後2時「敬蔵」に11名集合。来年度前半の予定を協議した。2月11日総会(エクセルホテル東急)、3月14日「達磨」(富山市)、4月18日「ろあん松田」(篠山市)、5月中旬一泊旅行、6月6日「そば打ち」(湯涌みどりの里)と決まった。春の丸岡蕎麦道場はそばの不作により中止、これからは秋の新そば時期の訪問だけになる予定。
 ところで11名のうち、アシより年下、つまり60歳未満は2名だけという構成だが、上へいくほど元気という不思議な集団で、昭和の日本を支えてきたかたがたはまだまだ元気だ。
 昨夜の「坂の上の雲」は日清戦争勝利の場面だったが『勝利の最大の因は、日本軍のほうにはない。このころの中国人が、その国家のために死ぬという観念を、ほとんどもっていなかったためである』と司馬は解釈している。ようやく2巻目に入った。

2009年12月20日日曜日

寒さには結構強い

 今朝も時々雪がちらつくが、昨日降った雪は水分が多く重い。ところで太っているせいもあるが、わたしは真冬でも「寒さってなに?」という状態だ。ステテコやももひき(パッチとかズボン下ともいう)は持っていない。これらは自分の美的プライドが許さないからだ。
 我が家は築40数年の家なので、風通しがよく朝起きると室内の気温は一ケタ、しかし着替えは暖房なしでOK。家や店の暖房も設定温度を低くしてあり、病院から店へ来られ思わずブルッとなっているかたや、コートを着たままの状態で固まっている年配の先生もいらしゃるがお構いなし。
 要は気の持ちようだといいたい。子どもの頃は家は火鉢一つ、コタツも小さいのがあるだけ、窓も木の枠でガラスがガタピシなっていた。それでも冬はなんとかなった。「心頭滅却すれば雪また温し」というところだ。当然この原稿も開店前なので暖房なしの店で書いている。

2009年12月19日土曜日

会報作成中

 今朝の雪すかしは疲れた。太ったせいで体のキレが悪く、休み休みしないと無理だった。
 ところで現在、探蕎会会報46号を作成中。作業の現場をお見せする。iMacの右に20インチのディスプレイを接続し、ページレイアウトソフトはInDesign、右は会報に挿入する候補の画像で、Photoshopで加工したものをAdobe Bridgeに入れてあり、その画像をドラッグして左の紙面にレイアウトするという具合だ。一見難しそうに見えるが実はワードに画像を貼り付けてレイアウトするよりはるかに簡単、しかしレイアウトソフト一式で20万円以上するし、印刷用の決まり事をマスターする必要があるので、一般の方にはお勧めできない。
 右のディスプレイの右端に縦に並んでいるのはわたしがよく使用しているソフトのアイコンで20個以上ありますが、これくらいはマスターしないとMacを使っていますと堂々といえないのであります。じまんたらしいことをゆうてしもた。

2009年12月18日金曜日

ヤ・ラ・レ・タ

 店ではMac2台、Win2台が稼働している。Macは予備のG4が2台あるが非常用。となるとWinのもう1台に何かあるといけないので、ノートを物色してみた。レノボのThinkPadが17日までクリスマスセールだったのですぐに注文した。メモリ2GB、HD 250GB、無線LANもあり、これで49980円は安い、ネットブック並の値段だ。Windows 7を試してみたかったのでぎりぎり間に合ってよかったと思った。しかし今朝レノボのHPをみると【クリスマスセール ファイナル 12/24まで!】とあり、別に慌てなくてもよかった。何がファイナルじゃ、この手の広告にめっぽう弱い人間を狙い撃ちするようなやりかたはグッスイぞ(怒)。となると25日からの広告もなんとなく予想できる。最初の文字は「カ」かな?

2009年12月17日木曜日

今年最後の埋め立て地行きゴミ収集

 ということで段ボール一杯に溜まったフロッピーディスク(FD)を処分することにした。シャッターをずらし、ナイフでキズをつけてデータを読めないようにするのだが、Macの最初のワープロとして買った「ワードパーフェクト」、スライド作成の「Persuation」、お絵かきの「SuperPaint」「マックドロー」、学会用のスライドデータなどのシールをみていたらいろいろ思い出が浮かび100枚ほどで時間となってしまった。
 3.5インチの1.44MBの2HDは発売当時は1枚2千円ほどしたので、大切に使った記憶があるが、あっというまに価格が下がり消耗品扱いになってしまった。FDのあとのZIPやMOも同じ運命をたどった。
 ところでデルから次のようなメールが届いた。「お客様のオーダーは生産が完了し、国際輸送に向けて準備中です。お届け予定日: 2009年12月25日前後です。尚、このお届け予定日は交通事情等により多少遅れる場合があります」。日本向けは中国の福建省・厦門で組み立てているという話がある。ちなみにこれまでに買ったMacはシンガポールだった。

2009年12月16日水曜日

WinPC不調

 おもに販売管理や会計ソフト用に使っているDELLのHDが不調になった。何とか立ち上がったがこの先心配なので、本体だけDELLの製品をネットで発注したがなんと35,230円、ここでも価格破壊が進んでいた。データはバックアップをとってあるが、PCが届いてもセットアップにまた半日かかることを考えると、この忙しい時期にと思ったが、届くのは年末になるようだ。Macはケーブル1本で新しいマシンに環境もアプリケーションもデータも同じものにできるがWinはどうかわからない、というかWinには興味がない。
 現在Macは1時間おきに外付HDにデータは自動バックアップされているし、グーグルに関するものはクラウドにデータが保存されているので万一の場合も安全だが、そのうちすべてのデータやアプリケーションをクラウドに置くことができるようになり、そうなるとPCの性能やアプリケーションのアップグレードなどをまったく心配することがなくなるだろう。PCのセットアップなどは昔話になる時代がすぐそこまで来ているのである。

2009年12月15日火曜日

校正

 エッセイと探蕎会会報46号の校正に取り掛かっている。エッセイの校正は夏から始めているが、秋に著者が40数年ぶりに留学先に行かれてもう一度書き直すとのことだったので組んだままにしてあった。かなり修正が入ったが、困ったことにまた歌詞の引用があり原文にあたってみたが、ネット上ではどれも微妙に違っていた。どこかでだれかが間違えたのだろうが、こうなるとなかなか正解にたどり着くことが難しく、時間だけが過ぎていくので、気分転換に会報の校正に切り替えた。こちらはほぼ原稿が出揃ったので組む作業に入るが、固有名詞の統一や時間の確認などの作業に注意をするだけで楽な作業となる。今回は分量が多いのでページ数が増えそうだ。
 校正の面白さは著者と一緒に状況を疑似体験できることで、文章の巧みさが味を深めてくれる。しかし欠点は校正して筆を加えているうちに自分も書いたような気持ちに陥ってしまうことで、それで満足してしまうことだ。毎日くだくだとわけの分からないブログを書いているのも、その呪縛から少しでも逃れようとしているのかも知れない。

2009年12月14日月曜日

「頂きはどこにある?」スペンサー・ジョンソン著

これまでに氏の作品は「1分間マネージャー」「チーズはどこへ消えた?」と読んできたが、大して印象に残らなかった。「頂きはどこにある?」もついでといったらなんだが何となく読んでしまった。帯には「思い通りにならない仕事・恋愛・人間関係を劇的に変える物語。世界中で成功した人はみんな読んでいる!」とあり(ほんまかいな)、「山」あり「谷」ありの人生で、たとえば「谷の苦しみは それまで無視してきた真実に気づかせてくれる」などの短いフレーズで、「谷」(逆境)をいかに克服することができるかのヒントを提案している。フレーズはたくさんあり示唆に富むが、結局は本人の努力次第という「当たり前田型」の自己啓発本なので、速効性を期待して読む本ではない。 126頁と短いのですぐに読み終える。(訳)門田美鈴 980円(扶桑社)

2009年12月13日日曜日

塩野七生さんの息子アントニオ・シモーネさんが

 今日の「本よみうり堂」に出ていた。彼女はイタリア人医師と結婚し(後に離婚)一人息子がいたが、その顔を見たのは初めて。現在映画の仕事をしているそうで、彼と「ローマで語る」として映画を題材にして本を出したようだ。彼女にあまり似ていないのがいいのか悪いのか分からないが、かなりのイケメンである。「ローマ人の物語」を読んだとき、彼女はカエサルの男性的魅力に惚れてこの作品を書いたのではないかとブログで書いたことがあるが、彼は「ボクはいつも母の意見に耳を傾けます。でも全体が、美に対して敏感な、メンクイの女性の意見ですよ」と語っている。あながち間違いではなかったようだ。

2009年12月12日土曜日

今年最後の書籍展示

 場所はアートシアター石川、といってすぐに分かる人はかなりの通で、片町ラブロの7階、要するに昔の大和の7階。見下ろすと下は新天地、「火ート」の屋根が見えた。講演会場と書籍展示の場所が少し離れているので、来場者が少なく売上はサッパリ。わたしだけ今、早退してきた。大和が入っていたころはともかく、ラブロになってからはユニクロやタワーレコードが移転し、その他のテナントもフォーラスなどに移転したりとかでガラガラになってしまったそうだ。帰りはエスカレーターで下りたが、登りのエレベータですれ違ったのは2人だけ、2階以上のテナントは土曜だというのにほとんど人影がなかった。
 子どもの頃は人混みをかき分けないと歩けないほど賑わっていたが、低い天井、柱の多さ、古いトイレなど、このままではますます、人は遠ざかるのではないだろうか。
 

2009年12月11日金曜日

スズキとVW提携

 これまでいろいろな合併や提携の話がでたが、インドやハンガリーに強いスズキと中国やブラジルに強いVWの提携はなるほどと思った。これほどお互いの思惑の一致したケースは初めてだ。とくにスズキの鈴木修(CEO&COO)のインドへ進出した経緯は経営者としての判断と速やかな決断の重要さは大変勉強になったが、今回はGMとの提携を解消して間髪を入れずVWと組む。硬直した官僚主義的なトヨタや三菱にはできないだろう。
 参考までにウィキペディアにある氏の語録をそのまま引用する。
・「ゼネラル・モーターズが鯨で、うちがメダカ?いやうちはメダカじゃなくて蚊ですよ。だってメダカは鯨にのみ込まれてしまうが、蚊であれば空高く舞い上がることができるのでのみ込まれない。」
・「かつては十年ひと昔といったが、今は一年ひと昔。十年先のことを考えるなんて昔で言えば百年先を考えるようなもの。会社のあるべき姿を描くと現実から大きくかい離する。最小限、何を今なすべきかを考えていくことだ。」
・「現場の班長と一緒に1万円のコストを浮かした苦労話を聞く。そうしたら無駄遣いなんてとてもできない。」
・「土曜休んで日曜も休む奴は要らない。今の日本の悪い所はアメリカ的時間の切り売りが横行している事だ。8時間働けばそれでいいなど通用しない、成果で報酬がでるんだ」

2009年12月10日木曜日

毎月10日発売といえば、

サライである。医学書だけの書店だが、定期購読の一般雑誌は入荷する。その1月号の特集がヤバイ。「年賀状」は毎年のことだが、「極上の年越し蕎麦」、「ジャズ再入門」、「飼うならこの犬」と思わずウ〜ンとなってしまった。しかし読み始めると、そば屋はイマイチ、ジャズはブルーノートの歴史の常識的な話で紹介された作品はすべてもっているので斜め読み、つい「飼うならこの犬」を読んだが、「文豪と犬」のエピソードはともかく、「犬は人生の伴侶」との記事の中で、草野仁さんにじゃれている2匹のMダックスは、ウチの子とよく似ており、今でもまた犬を飼いたいというカミさんには絶対読ませたくない内容だった。

2009年12月9日水曜日

12月8日はよく晴れた日でしたけれど…

「私は普段どおりに大学へ行って、お昼頃のニュースで、「今朝、始まった」ということを知ったのです。と加藤周一は「私にとっての20世紀」のなかで書いている。米国に挑戦すれば負けるということは知っていたので、いよいよ真珠湾というときは暗澹たる気持ちだった。しかし日本政府は大勝利と宣伝したので「ちょっと怖いな」と思っていた人たちもみんな沸き立って、嬉しがった。暗い顔をしていたのはわれわれぐらいのもので、きわめて少数でした(なし崩し的権力掌握の歴史より)。
 東京では冬は風が冷たいがカラリと晴れた天気が続くので普通の天気だったのだろう。
 ところが金沢では非常に珍しい。12月8日はよく晴れた日だったが、今週は8日だけが晴れで、あとは崩れるとの予報だったので畑ヘ出かけた。こちらが本題です。
 市との契約で畑は11月一杯だが、12月10日ころまでは大丈夫ということで今年最後のダイコンの収穫をした。先週収穫した40本は1週間干して、初めて浅漬けに挑戦した。40本といっても肥料が足りなかったせいか寸足らずで、周りの立派なダイコンをみると少しうらやましいが浅漬けにはこちらが適していると思う。ところで昨日漬けた浅漬けだが、糠1kgと塩700g、あとはトウガラシと柿の皮を干したものを加え、1か月で食べ頃になるとあったが、途中経過がわからない。本当にこれでおいしい浅漬けになるのだろうか。結局食物の話になってしまった。

2009年12月8日火曜日

デジタル写真の特徴


 昨日のブログで日付がなぜすぐ分かるかというとデジカメやケータイは時計が内蔵されているので、写した写真にはそのときの情報が記録されるからだ=写真左下、クリックすると拡大する=。写真を管理するソフト(わたしの場合iPhoto)では必ず表示される。従って旅行や登山記録などの時間を記録する場合、紙に記録しなくてもポイントの場所を写しておけばあとで何年何月何日何時何分何秒にそこにいたかが分かる(黄色の枠で囲んである写真は日付2007/08/25、時刻10:00:32)。
 したがってデジカメで撮った写真の下に日付を写し込んであるものをたまに見るが、デジカメの機能を理解していないことがばれてしまうのである(ご本人は気づいていない場合が多い)。
 話は変わるが、昨夜のNHK「日米開戦を語る 海軍はなぜ過ったのか」は、夏に放送された「海軍反省会」のまとめだったが、「海軍あって国家なし」、現在の「省益あって国益なし」。この国の学業エリートの特徴は時代が変わっても中身は変わっていないようである。

2009年12月7日月曜日

エンディングの山

「坂の上の雲」第2回を観た。1回目もそうだったが、エンディングの山はどこだろうと気にかかっていた。今朝ネットで検索してみると白馬大池から小蓮華山にむかう途中でドラマの撮影隊に遭遇したとの記事があり、どうやら白馬岳周辺のようだ。ならばとiPhotoを調べてみると2007年8月25日にT君と白馬岳へ登ったときの写真の中にそれに近いものがあった。
 「坂の上の雲」は原作にかなり忠実に作られているが、坂の上の雲のイメージは山岳ではなくもっと低い場所ではないだろうか。「青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、…」とあるから山岳の山肌に沿って流れる雲ではなく、峠道の上にぽっかりと浮かんだひとかたまりの白い雲のイメージではないかと思う。

2009年12月6日日曜日

国産そば粉がピンチ

 「敬蔵」のご主人から、今年は丸岡産の玄蕎麦が不作で、大変だという話を先日お邪魔したときに聞いたので、海道さんの電話番号を教えたが繋がらないというので直接電話してみると、番号を登録してある方以外の電話には出ないとのこと。今年は長梅雨と収穫時の台風で例年の3割程度しか収穫がないので、これまで長くお付き合いしている方しか供給できず、JAにも出荷できないという話だった。おまけに北海道も不作で探蕎会の塚野さんに聞くと、いつも取り寄せている北海道の製粉業者はもう今年の予約は受けられないという。そのため年越しそばはごく親しい方だけにしか配れないと嘆く。
 そんな中11月15日に探蕎会で恒例の新そばを食べるために31名も丸岡へ押しかけ、存分に堪能し、あげくにそば粉まで送っていただき海道さんはじめ丸岡蕎麦道場の方々には大変ご迷惑をおかけした。 
 ところで今月の「dancyu」に黒姫の銘店「ふじおか」が飯縄高原に移転オープンした記事が載っていた。わたし自身そばの旨さに目覚めた店だが予約ができず不便だったが今度は2名以上で予約可となっていた。ただし11:30分に入店しなければならない。火・水・木曜日定休。

2009年12月5日土曜日

「ル レクチエ」(西洋なしの一種)


 今年もカミさんの実家から10個(4kg)届いた。 なしは大好物の果物だが、西洋なし(といってもラ フランスしか食べたことがないが)は、「もーねー」(「もうない」ではなく、おいしくないという意味、前に「ん」をつけると非常にマズイとなる。また果物は「くだもん」で、物や者はどちらも「もん」と発音するのが金沢では正しい)という印象だった。しかし、去年初めて送られてきた「ル レクチエ」を食べてビックリした。上品な香水のような香りと、 クリーミーな舌触り、酸味の少ない濃厚な甘みで、まさに”The King of Western Pear”。
 ル レクチエは1903年に新潟に苗木が輸入され今でも大半を新潟で生産される。収穫後に追熟を必要とするが期間は常温で40日から45日程度必要で、これは他の品種より長期間を要し、しかも病気に弱く原産地であるフランスでも現在ほとんど生産されていないとのこと。欠点は一気に完熟をむかえるので食べ頃の見極めが難しいことだ。去年は何個かお裾分けをしたが、今年はヤランとこ。

2009年12月4日金曜日

「トム・トラバーツ・ブルース」

 「不毛地帯」のエンディングに流れる曲だが、わたしはiTunesに入れてあるRod Stewartのベストアルバム「The Story So Far」の中の「Tom Traubert's Blues」を聴いたことがあるので、それのカバーだと思っていたが、調べてみると逆だった。歌手はトム・ウェイツ(Tom Waits)、1949年ロサンゼルス、ポモナ生まれのシンガーソングライター、この曲は1976年に発表したものらしい。となると「waltzing Matilda」という歌詞しか聴き取れないので、気になりネットで検索してみたが訳はすぐにみつかったがオリジナルはみつからなかった。
 テーマ曲といえば「坂の上の雲」の「Stand Alone」もイイ。作曲の久石譲は、凛として立つをイメージして「Stand Alone」と名前をつけ、声とオーケストラの組合せにしようと考え、その結果サラ・ブライトマンとN響となったようだ。
 オリジナルの歌詞をようやくみつけた。YouTubeで歌う姿もみられるので皆さんも下の歌詞を見ながらどうぞ。

Tom Traubert's Blues

Wasted and wounded, it ain't what the moon did
Got what I paid for now
See you tomorrow, hey Frank can I borrow
A couple of bucks from you?
To go waltzing Matilda, waltzing Matilda
You'll go a waltzing Matilda with me

I'm an innocent victim of a blinded alley
And tired of all these soldiers here
No one speaks English and everything's broken
And my Stacys are soaking wet
To go waltzing Matilda, waltzing Matilda
You'll go a waltzing Matilda with me

Now the dogs are barking and the taxi cab's parking
A lot they can do for me
I begged you to stab me, you tore my shirt open
And I'm down on my knees tonight
Old Bushmill's I staggered, you buried the dagger
Your silhouette window light
To go waltzing Matilda, waltzing Matilda
You'll go a waltzing Matilda with me

Now I lost my Saint Christopher now that I've kissed her
And the one-armed bandit knows
And the maverick Chinaman and the cold-blooded signs
And the girls down by the strip-tease shows
Go, waltzing Matilda, waltzing Matilda
You'll go a waltzing Matilda with me

No, I don't want your sympathy
The fugitives say that the streets aren't for dreaming now
Manslaughter dragnets and the ghosts that sell memories
They want a piece of the action anyhow
Go, waltzing Matilda, waltzing Matilda
You'll go a waltzing Matilda with me

And you can ask any sailor and the keys from the jailor
And the old men in wheelchairs know
That Matilda's the defendant, she killed about a hundred
And she follows wherever you may go
Waltzing Matilda, waltzing Matilda
You'll go a waltzing Matilda with me

And it's a battered old suitcase to a hotel someplace
And a wound that will never heal
No prima donna, the perfume is on
An old shirt that is stained with blood and whiskey
And goodnight to the street sweepers
The night watchman flame keepers and goodnight to Matilda too

2009年12月3日木曜日

騎兵は花形。

 昨日、探蕎会会長寺田喜久雄先生(金沢大学名誉教授・理)が野町から自転車で店に寄られた。第1回「坂の上の雲」に関する話題になり、当時の陸軍では日露戦争で世界最強のコサック騎兵軍団を破り、よって日本騎兵の父といわれた真之の兄の秋山好古の属した騎兵が一番の花形だったという話をされた。先生は昭和2年生まれ、金沢一中→陸軍幼年学校(仙台、東京、名古屋、大阪、広島、熊本の6校のうち先生は東京へ入学、定員900名なので1校あたり150名だが、志願者数2万名という超難関。しかも当時の警察官の給料が70円ほどのとき、20円くらいの学費がかかったそうだ。陸軍士官学校は無料)→陸軍士官学校→敗戦→四高→金大2年編入→名大大学院と進まれた。高校時代、一中は軍人か教員になるものが多いと聞かされたが、まさしく先生はその両方を経験された。今でも背筋をピンとされている寺田先生と話をすると、だらけた生活をしているわたしにはいい刺激になる。
 先生が帰られたあと、ふと、30年前にお会いした海軍兵学校出身の脳外科教授のことが頭に浮かび、院内を歩幅75cmの海軍の歩行を実践されていたことを思い出した(わたしは小走りであとについたものだった)。

2009年12月2日水曜日

川本八郎「大学改革」ー立命館はなぜ成功したかー

著者は1934年石川県生まれ、立命館大学法学部卒。事務職員から立命館理事長になり、BKC(びわこ・くさつキャンパス)を開設して理工学部を充実させ、別府市に学生の半分を留学生とするAPU(立命館アジア太平洋大学)を創設、また付属小・中・高の教育の見直し、大学院の充実などを手がけた辣腕理事長で、いかにして70年以降低迷していた立命館を改革したかという内容。
 大学という組織において教育はともかく経営は事務職員の力が大事。組織であれ、人間であれ、賢いもの強いものは必ず生き残るという保証はない。歴史と情勢に順応できるものだけが生き残るというまことに当たり前のことを自身の経験の実例を示しながら解説する。 緻密な勝算があったのだろうが、実際は代案なき意見を封じ込めトップダウンで突っ走っただけのようにもみえるが、大学紛争真っ只中のころ、大学に寝泊まりして、占拠しようとした学生たちに殴られ血だらけになりながらも、母校を守ろうとした熱血漢でもある。改革の結果を見る限り、今のところごもっともでございますというほかないが「前をのみ見つめながらあるく」という視点からみればこの方もまた「坂の上の雲」の亜型といえるかもしれない。中央公論新社 2009年11月刊 1785円

2009年12月1日火曜日

「のぶカンタービレ」

 副題は「辻井伸行全米デビュー全盲の天才ピアニスト密着4000日」19時からの放送だったので録画を頼み、夕食後家族全員で観た。今年の6月にヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで日本人として初めての優勝したことが大きく報じられたのでご存知の方も多いだろう。11月のNHK教育TVの特集を見逃し、再放送はBS2、しかしこれは我が家では物理的にみることができない。これまで断片的なプロフィールや演奏しか聴いたことがなく、むしろ傍に付き添うお母さんの美しさに興味があったという不謹慎なファンであったが、昨夜の番組もお母さんは一度も同じ服で登場することなく、本人より目立つ存在だったので、だんだんうっとうしくなっていたが、伸行くんが母親離れを意識しだしたことでまずは一安心というところだった。かれの作曲した「川のせせらぎ」は盲目でありながらキラキラした川の情景や空気まで見事に表現されていた。まさに心で弾いた音楽、とくに第1音が素晴らしい。これはきのうの司馬遼太郎の場合もそうだが、最初の1行の「まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている」で、この作品のすべてを表現できたのではないかと思わせたのと共通しているように感じた。

2009年11月30日月曜日

「坂の上の雲」第1回

 「まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている」といかにも司馬の作品だとわかる書き出しに始まる原作の文庫版は全8巻、最終巻に収録されている6つのあとがきの1に「このながい物語は、その日本史上類のない幸福な楽天家たちの物語である。(中略)楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前をのみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう」とある。昨夜、第1回目を観たが、まさしくそのイメージが保たれていて好感が持てた。
 年内は第2回「青雲」12月6日(日)、第3回「国家鳴動」12月13日(日)、第4回「日清開戦」12月20日(日)、第5回「留学生」12月27日(日)、2010年に4回、2011年に4回、全13回の予定らしいが、果たして最後まで生きていられるか心配になるほどだ。
 話は変わるが、昨日米国に留学して8年目になるH先生が一時帰国し店に寄られた。そろそろ里心がついたのではないかと訊くと「あらたに5年のグラントを得たのでそれまで頑張ります。子どもは米国の大学になりそうです」と学生時代と変わらない笑顔をみせてくれた。そして今朝の地方紙にドクターヘリの松本先生が載っていた。二人とも人一倍努力をしたことは当然だが、自分のやりたいことのリスクを無視して行動した幸福な楽天家ともいえる。なぜか坂の上の雲の登場人物と重なってみえたのである。

2009年11月29日日曜日

27日の写真を修正


 8枚しかないのに9枚のサイズに収めたため余白が出たので4枚x2段に修正した。使用ソフトはPhotoshop、ケータイやデジカメの画像のアスペクト比は4:3が多いので8枚の写真をたとえば8cmx6cmにリサイズする。解像度は印刷する場合は300dpi、HPなどPCの画面で表示するなら72dpiでOK。次にPhotoshopで32cmx12cmのサイズを新規作成し、順番にコピー&ペーストする。番号の文字は新規レイヤーをつくり、その上に書く、これで終了。10分くらいの作業時間で完成する。Photoshopは便利なソフトですが、単体でも9万円以上するので、これくらいの作業なら、PCに付属するソフトや簡易版のPhotoshop Elementsなら14,000円ほどで手に入るので試して下さい。画像を自由に加工できるようになるとPCの楽しみが一段と増すことになりますよ。

2009年11月28日土曜日

「剱岳 撮影の記」公開終了

 26日の晋亮の呟きは「『剱岳 撮影の記』を観て」だったので木村先生もイオンかほくまで足を運ばれたようだ。さすが山岳部出身だけあって記述は詳しく、「丘サーファー」ならぬ「丘山好き男」のわたしはとてもかなわない。今朝新聞の映画欄をみると消えていたので昨日で終了したようだ。2週間の上映だった。富山市ではまだ上映中のようだが、はたして石川県では何人の方がご覧になったのだろうか。興行的に成功したとはとても思えない。
 話は変わるが蕎麦には蕎麦前がつきものなので歩いてフラリとそば屋へいける木村先生の環境が羨ましい。鴨だけで1合はいける「敬蔵」のメニューをみて思った。しかし4合は飲み過ぎという意見もあったが、1回行ってみっこっちゃ。

2009年11月27日金曜日

「敬蔵」11月の蕎麦会席


昨夜は蕎麦会席は初めてというCさんを誘って「敬蔵」へ。昼食を抜いて万全の体制で臨んだ。①旬菜盛合わせ②信州蒸し③そば寿し④きのことそばの実の雑炊⑤そば刺鴨南仕立て⑥変わりそば⑦盛りそば⑧盛りそばお代わり⑨のデザートは撮り忘れた。写真はケータイのカメラなので心配したがまずまずの出来。③と⑤はそば寿しと鴨を食べてしまってから写真を撮ったので各1個少ない。⑥の変わりそばは、盛りそばの出汁に卵黄とヤマトイモを加え、その上にメレンゲを乗せたもの。赤いのはクコの実、黄色は卵黄で、敬蔵では「つけとろ」というそうだ。⑦のそばの白い器は故山英さんの形見とか。普通の方ならこれでお腹がいっぱいになるがワシらはさらに盛りそばを追加、焼きねぎも追加した。これに好みの酒を各々4合ずつ合わせ大満足。蕎麦会席の値段は3,950円で夜のみ、1日2組限り、前日までに予約となってる。
 敬蔵の近くにお住まいの木村先生は1年分すべて試されたそうだ。

2009年11月26日木曜日

「坂の上の雲」

 いよいよ11月29日からNHKスペシャルドラマとして3年間にわたって放送される。司馬遼太郎のこの作品を読んだのは1998年だ。なぜそんなに詳しくいえるのかというと、文藝春秋1998年8月号に「二十世紀図書館」としての特集があり、日本のベスト100のトップになっていたからだ。雑誌は10年以上経って黄色く変色しているが今でも永久保存版として大事にしている。当時、歴史小説はもっと年をとってから読むものだと勝手に考えていたが、1番になっているのに読まないのはシャクだと思って、文庫版全8巻を買ったが、それからあと司馬の作品を読みあさるきっかけになった。
 ちなみにそのときの政・官・財・文化人アンケートの結果、2位以下を挙げると、「善の研究」、「吾輩は猫である」、「文明の生態史観」、「夜明け前」、「『いき』の構造」、「断腸亭日記」、「宮本武蔵」、「風土」となっている。皆さんは何冊読まれただろうか。「善の研究」は学生時代は文庫で、最近、青空文庫でも読んだが理解出来なかった。

2009年11月25日水曜日

「腹つえ〜」

 秋田弁でお腹がいっぱいだという意味だが、学会が2つ続き飲む機会が多く、昨日の昼も腹一杯食ったのでズボンのベルトが苦しい。学会で行動を共にした先生が来られたが、やはり2kg太ったということを聞きなぜかホッとした。わたしは絶対に65kg以上にはしないという固い決意でいるが、自分の体重のコントロールができないような人間は意志薄弱モン扱いされるのでデスクワークが多いとか、勤務時間が長いとか、膝の具合が悪く運動出来ないとかの言い訳で現状を肯定しようということだけは避けたい。ホテルの部屋の姿見で己の腹の大きさに愕然としたことを忘れないようにしよう。

2009年11月24日火曜日

後始末。

 学会での書籍展示はありがたいが、本の後始末が大変だ。郵送する本の梱包、売れた本の確認、返品作業と肉体労働が続く。朝から作業にとりかかっていたが、帰省した先生から「お昼でも一緒にいかが」とお誘いを受け今帰ったばかりで、ようやくMacの前に座った。
 昼は先生のお気に入りの宇ノ気の寿司屋でご馳走になった。ここはネタが大きいので有名な店だが、平日なのに開店と同時にカウンターは満席になり、ここだけは景気と関係ないように見えるが、3千円で腹一杯になることを考えると回る寿司より割安かも知れない。

2009年11月23日月曜日

なにか変。

 昨日は11月22日「いいふーふ」の日、しかも連休の中日ということで、学会会場のホテルは十数組の結婚披露宴があり、人前結婚式とやらで、エスカレーターに乗っていたら横の階段を新婦が1階で待っている新郎のところまで満面の笑みを浮かべながら下りていくところに出くわした。そしてこの学会名は「日本生殖医学会」、3階のロビーは学会に参加して勉強している人たちと、礼服姿で酒で顔が真っ赤になったオヤジや披露宴の余興の練習をしている若者が入り交じるという状態でなにか変
 たった1時間の議論で多数決で決めてしまう「事業仕分け」作業。なにか変。この光景何かと似ていると思っていたら、読売で軍事裁判のようだとの意見、まったく同感。
 高円寺の居酒屋で朝火事、なんとこの店は夕方5時から翌午前10時までの営業とか。出火当時ほぼ満員というところがなにか変

2009年11月22日日曜日

今日、明日学会書籍展示。

 第19回日本メイラード学会が無事終了し、学会ホームページにお礼の言葉を掲載、今日からは第54回日本生殖医学会の書籍展示でANAクラウンプラザホテルだが、わたしは店番の担当になったので、本の搬入だけ手伝いして家に帰ったが、グッスリ寝たおかげで疲れがとれた。やはり我が家が落ち着く。

2009年11月21日土曜日

学会無事終了

 金沢エクセルホテル東急で行われた学会は土曜のランチョンセミナーで無事終了した。金曜日は夜9時まで拘束、終了後6階の部屋に入ると日銀金沢支店を見下ろせた。S支店長がいたときに一度中へ入ったことがあるが、中庭があるつくりになっているのを初めて知った。本部のある部屋からの眺めもよく、最近の学会は音楽堂を中心として駅前のホテルで行われることが多いが、会場から広坂方面の景色をみていると金沢はやはりここが中心だと強く感じた。しかし眠い。

2009年11月20日金曜日

もう1回だけになっていた。

 今朝、新聞の映画欄をみたら「劔岳 撮影の紀」が3回から9:40の1回だけになっていた。よほど入りが悪いのか、しかし富山市ではまだ3回になっているので、場所が悪いのが影響しているのだろうか。わたしもわざわざかほくまでと思ったが、オープンしたばかりなので、キレイだし、シートの幅も広く、高さもあり、前に座高の高いモンがいても気にならない。それに比べるといつも利用しているユナイテッドシネマはシートが狭いし、いかにも古い。しかもとなりのルネスは解体、手前はパチンコ屋になってしまい環境は最悪だ。
 さて今日は学会事務局の仕事でホテルに泊まることになる。金沢にいて市内のホテルに泊まるというのも変だが、夜中まで議論が続く学会のようだ。スタッフは10時集合なので、「卒業」のベンジャミンと同じくmy歯ブラシだけもって出かけることにする。

2009年11月19日木曜日

「空いとったんは平日やさかいやろ」

といわれたが、20・21日は学会事務局の仕事、21日夕方から書籍搬入、22・23日は学会書籍展示と続くので、後始末を入れると29日の日曜まで行けそうもないのでその間に終わってしまう可能性を考えたからだ。ある先生がようやく時間が出来て「カムイ外伝」を観に行ったら終了していたので、仕方なく「ゼロの焦点」を観たが、どうもしっくりこなかったということを聞いたからかも知れない。
 話は変わるが、今年もボジョレー・ヌーボーのニュースが流れたが、50年に一度の出来といわれても飲む気がおこらない。ワインは若いものより絶対に年増がいいからだ。ボジョレーの赤のブドウはガメイ種で色は薄く口当たりの柔らかいワインだが、ベルベットのような舌触り、タンニン臭や妖艶なドドメ色の年増の誘惑にはとても勝てない。年増の誘惑といえば「卒業」のミセス・ロビンソン役のアン・バンクロフトをなぜか思い出してしまうが、あまり深く考えないでいただきたい。

2009年11月18日水曜日

「劔岳 撮影の記」

 15日、富山市在住のS君から「今日、剣岳「撮影の記」を観てきました。上映は今日からで、マイナーな映画(ドキュメンタリー)なので上映は全国で東京二カ所、富山一カ所、石川一カ所の四カ所だけです。石川は、かほくのシネコンでの封切り。個人的には「ノンフィクション好き」なので「点の記」より面白かった」とメールが届いていた。
 さっそく新聞で調べると10月にオープンしたばかりの「シネマサンシャインかほく」一館のみ、しかも一日3回だけの上映となっていたので、昨日仕事の合間にでかけた。16:10の入場だったが、312席あるのに5人だけ、それもわたしを含め60歳以上で1000円で入場できるオヤジだけだった。あらすじは撮影日数200日を超えた立山、剣岳でのドキュメントで、監督の木村大作のインタビューが中心だが、厳しい自然相手の撮影なので最後まで撮りきることが出来るかどうか心配だったので、万一映画が完成しなくても記録だけは残しておこうという意図があったのだろうか。普通の撮影なら各シーンのカットごとに撮りあとから編集するが、山に関する限りは順撮り(したがって登頂は最後になるので、9時間歩いて撮影現場に行き、天候不順でそのまま9時間かけて小屋へ帰る様子や鎖場を何度も往復する場面や、5人の山岳ガイドが付き添っていたが心配していた落石で重傷者がでてしまったので、一旦全員東京へ帰したこともあったようだ。
 「劔岳 点の記」を観たかたには必見の作品だが、この来場者数を考えたら、長く上映されることはないだろうから早く行かれたほうがいいと思う。

2009年11月17日火曜日

ネットの功罪

 今とりかかっているエッセイの校正のなかにジャズの英語の歌詞があり、それが正しいかどうかネットで検索してみた。ある程度有名な曲なので何件もヒットした。これは楽勝と思ったが5つ検索した結果、どれも微妙に違い頭を悩ませた。明らかに意味が違う単語を使った2つを除いたが決め手にはならなかった。ふと考えた。この歌手はわたしのiTunesにあるのでひょっとしてとチェックしてみると、全42曲中、38曲目にあった。この曲の歌詞はエッセイの著者が40数年ぶりに留学された地へ再訪されたイントロに引用されるので重要なポイントになる。3つの英語の歌詞をワードに並べて何回か聴いてみた。正解が判明した。
 ネット上には他人のデータをコピー&ペーストして引用し、原典にあたらないケースが結構あり、真実にたどり着くのに苦労させられることが度々ある。ウィキペディアの情報もそのまま鵜呑みにするのは注意が必要だ。

2009年11月16日月曜日

学会抄録集ができあがり、

これから発送作業に入る。学会は1年前から開催が決定しているので、準備の時間があるようにみえるが、実際はあっというまに時が過ぎていく。幸いに今回は去年の国際学会と同じ先生が会長なので、阿吽の呼吸で作業が進行した。あとは本番を待つばかりとなった。

2009年11月15日日曜日

丸岡蕎麦道場 秋の巻

春、コシアブラの季節と秋の新そばの2回お邪魔するが、毎回人気があり今回の参加人数は30人。今年は北海道も丸岡も不作で価格が高騰しているらしいが、いまや全国ブランドになった丸岡在来種の玄蕎麦、しかも生産者自らが自家製粉し、打った蕎麦が食べられるのは探蕎会に入っていて良かったと思う最大の理由かも知れない。しかもそば打ちを商売でやっているわけではないので行けば食べられるわけでもない。お酒はいつもの「鄙願」を持参し、茶わん酒を酌み交わす。口福の時間を愉しませていただいた。

2009年11月14日土曜日

「明日は雨やな」

と木村先生から電話。第5回白山・手取川もみじウオークの話だ。朝、目が覚めるとかなりの雨、この雨でも出かけたのだろうか。そういえば最初に一緒に参加した第2回も同じような雨だった。わたしはゴアテックスのレインウエアにシューズもゴアで参加したが、時速にすると5km以上で歩くので20km歩き終わって足の裏をみると、半分ほど水ぶくれになっていた。破れたら歩くことはできなかっただろう。今日の市ノ瀬コース22kmの受付は9時で終了していてスタートは10時。今はスタート地点までバスで移動中だろう。前回はノースフェースの黄色のレインウエアに奥様のバラの花の模様の傘をさして歩いておられたが、先生の風貌をご存知のかたはいかにミスマッチな格好か想像できると思う。ともあれ無事に完歩されることを願う。

2009年11月13日金曜日

六文銭

上田城で真田の六文銭の兜を被りふざけているところだが、T君は最近ヒゲをのばしはじめたので結構似合っていた。目隠しをしても誰かわかるので意味はないが、右のオヤジの衣裳は子ども用だった。
 私たちの年代は六文銭ときくと小室等の音楽ユニットを思い出すかたも多いだろうが、真田とはまったく関係なく、ウィキペディアによれば、小室等が「月と六ペンス」の「六ペンス」を「六文銭」と訳したとしている。また、とある居酒屋の名前からとったとも言っている。メンバーに長野出身の上條恒彦がいたが、関係はなかったようだ。従って本来の意味の仏式葬儀の際、遺体に添える紙。一文銭が六つ描かれており、三途の川の渡し賃とも関係がない。
 昨日の「母の座像」と今日の写真はクリックすると大きくなるが、昨日はともかく、これはお勧めしないのでクリックしてもあまり大きくならないようにした。

2009年11月12日木曜日

「母の座像」無言館

「無言館」ではもう一度みたい作品があった。大正2年弘前生まれ、東京美術学校図案科卒の千葉四郎さんの小さな陶像「母の座像」だ。前回訪れる前に無言館の画文集で予備知識を得ていたが、最初見たときはあまりの小ささに驚いた。今回もう一度じっくりと鑑賞しようと思っていたが、例の団体客の騒々しさで、ガラスケースにあったはずの作品を確認できないまま外に出てしまった。
 彼は青森第五連隊に入営、満州林口で終戦をむかえたが、延吉へ移動後、消息を絶った。戦死公報によれば享年は31歳。出征した息子の部屋をそのままにして待ちわびた両親も亡くなったが、ご遺族はまだ四郎さんの戦死を信じていない。(画集より)

2009年11月11日水曜日

雨でも暑い

 今朝も雨の中歩いて出勤した。シャツとベストだけなのに店に着くと汗ばんだ。またもウチワの世話になる。
 来週末の学会の抄録は今日中に印刷に回さなければならないが、かなり英作文に問題がある演題が発見され、書き直す必要が出てきた。果たして間に合うだろうか。
 なんとか間に合い(といってもわたしが直したわけではないが)、夕方、原稿を印刷に回した、やれやれ。

2009年11月10日火曜日

暑い

 日曜日の信州は11月というのに暑く、空気がよどんでいるせいか山はどれもかすんでいたので絵にならず「無言館」の後に聳える浅間山を撮る予定も中止となった。
 昨日今日と歩いて出勤しているが暑さで汗ばみ、片付けてしまった氷室饅頭のウチワをまた出してくる始末。これから夏に向かうような錯覚を覚えるほどだ。
 次の日曜日は丸岡蕎麦道場行きだが、33名の参加者なので配車の予定で頭を悩ます。今回はアッシー君の役割から逃れるのは不可能のようだが、なんとか工夫をして「鄙願」にありつきたいものだ。

2009年11月9日月曜日

二つの美術館

東御梅野記念絵画館「犬塚勉展」、戦没画学生慰霊美術館「無言館」=写真左上=を巡った。両方とも小高い丘の上に建ち、落ち葉を踏みしめてエントランスに到着する仕掛けになっている。「犬塚勉展」は15日までなので大勢の人が訪れていた。 TVで何度もアンコールされた「日曜美術館」の影響は大きい。 アクリル絵具をつかった数十点の絵画の他に傷だらけになった愛用のカメラ(ニコン)、登山靴、アイゼンなども展示されていた。
 「無言館」はわたしは3回目、作品とその作者が何歳でどこで戦死したか書かれているものを読んで鑑賞するため、静かでシ〜ンとした雰囲気が特徴だが、今回は団体客が入っていて、騒がしく耐えきれずにすぐに出た。犬塚勉は38歳、画学生の大半は20代で戦死しているが、若さが満ちあふれ、死をまったく意識していない作品が感動をさらに深めた。

2009年11月8日日曜日

8時から22時まで、高校の修学旅行のようだった。

信州行きはY君も加わって5人、11時前に上田市の「そばの花」へ一番乗り。酒(佐久の花)、そばがき、もりそばを注文。そば粉は北海道産の新そばと、信州産をブレンド、信州は20日過ぎにならないと新そばが出回らないとか。もりそばは、田舎、粗挽きが全盛の昨今、端正な細打ち、出汁は小豆島産の有機丸大豆醤油を使っているそうだ。われわれと同年代の夫婦で営んでいらっしゃる。里山に囲まれたログハウス風の建物は落ち着けた。腹ごなしに上田城を一周してから、東御梅野記念絵画館で「犬塚勉展」=ロビーからの景色=、さらに上田市へ戻り「無言館」、「鹿教湯温泉」で一風呂浴び、松本市の54年続いているという洋食屋「どんぐり」で夕食。若者向けのすごい量だったので、互いに体のことを気にしながらも完食。どこへ行っても金沢弁炸裂、やかましいジジイどもの珍道中だった。

2009年11月7日土曜日

朝、畑へ。

この季節、畑は週一回でOK。カブ、ダイコンは一週間でずいぶん大きくなる。ダイコンは土からでている部分が緑っぽくなるが、カブは真っ白のままなのが不思議だ。ピーマンもまだ収穫できる。今月いっぱいで畑作業は終了となるが、今年も野菜たちの生命力に感動しっぱなしだった。
 話は変わるが、出版社からすき間ゼロ、360°完全密着のマスクが送られてきた。かなり厚みがあるが米国国立労働安全衛生研究所認定だそうでウイルス補集能力はFDA認定の検査機関でチェックしたところ99.9%以上カットするという。ほんまかいな。試しに付けたらこうなった。まんでアヒルや。
 しかし大問題があった。昼飯を食うときに外そうとしたがこれが結構力がいる。ツラの皮をマスクの粘着テープに持って行かれそうになり、そうなると当然痛い。しかも食べ終わってふたたび装着すると今度はユルイ。この中間だとちょうどいいのだが。このマスクは一旦装着すると飲み食いは不可、外出にはかなり勇気を必要とする。

2009年11月6日金曜日

4日間デスクワークなので、

今朝体重を計ってみると前回の11月1日より1kgも増えてしまった。iPod touchは体重のデータをすぐにグラフ表示できるのでピーンと跳ね上がってしまった、ヤバイ。抄録は遅れていた演題もすべて揃い、最終校正に入る準備ができた。この学会はホテルに泊まり込みで夜中まで議論するらしいので部屋割りの仕事もある。事務局のわたしも泊まれということになってしまった。懇親会は飲み放題なのでこれだけが楽しみだ。

2009年11月5日木曜日

一日中ディスプレイの前。

 昨日は学会抄録作成でMacに向かいっぱなし。8時半に帰宅し、酒を飲んで入浴しすぐに就寝。疲れには睡眠が一番。その睡眠導入剤としてお酒がよく効く。おかげで今朝はスッキリ目覚めた。
 ストレス解消も兼ねて山登りをしているH先生の白山山頂の写真が朝刊に載っていたので、かれのHPをチェックするとスキーを担いで冬山フル装備おまけに兼用靴だったようだ。まったく雪不足で初滑りは不可能だったようだが、これからの白山の様子はかれの写真で楽しませてもらう季節になった。HPはこちら

2009年11月4日水曜日

月曜日のような水曜日

 昨日、A君、T君来店、8日(日)に東御市梅野記念絵画館「犬塚勉展」へ行くことが決定、M君も行く。コースは任されたので探蕎会のそば通、久保さんのお薦め、上田市の「そばの花」で腹ごしらえをしてから絵画鑑賞、さらに上田なら3度目となる戦没画学生慰霊美術館「無言館」も候補に入る。帰りは草津へ寄るか、別所温泉、鹿教湯へいくか当日の天気次第ということになった。運転手は酒を飲まないA君とM君になるから、T君とわたしは気兼ねなしに酒を楽しめる。
 ということでそれまでに学会の抄録を完成させるため、今日からガッパになって仕事のピッチを上げなければならない。

2009年11月3日火曜日

日曜日のような火曜日

 21・22日に開催される学会の事務局をしているが、今日は朝から応募演題の分類などのプログラム作成を2人の世話人の先生との協議がさきほど終了し、ようやくブログを書く時間ができた。事務局の仕事も3回目なので精神的にゆとりができドタバタすることはない(と思う)。これから抄録作成作業に入る。
 話は変わるが昨夜のNHKスペシャル「永田町・権力の興亡2、政権死守・自民の多数派工作政治の漂流」は見応えがあった。あの内容でよく当事者本人がインタビューに答えたものだと思う。今夜も続きがあるので楽しみだ。

2009年11月2日月曜日

ふたたびSnow Leopardに

 発売と同時にOSをSnow Leopardにアップしたがプリンタドライバが対応せず、元のLeopardに戻したことは前に書いたが、Epsonのレーザープリンタがようやく対応となったので、Snow Leopardを再インストールした。USB接続のプリンタはどれも対応するようだが、ネットワークプリンタの場合は問題があるようだ。Canonのレーザープリンタはまだ未対応なので、MacでDTPの仕事をする場合はEpsonのPSプリンタとなる。今のところトラブルなしだが、今後どうなるかわからない。

2009年11月1日日曜日

「ガン日記」中野孝次著(文春文庫)

氏はドイツ文学者で「清貧の思想」「ハラスのいた日々」などの著者。手術不可能の食道癌と診断され、余命1年と宣告されたが、「運命は、誰かに起ることは汝にも起るものと覚悟しおくべし」と研究しているセネカの言葉で死に対する心構えを学んでいたため平静に受け止められた。とさすが学者と思われたが、苦しい抗がん剤治療を受けるか、自宅で静かな死を選ぶべきか何度も迷い、結局奥様の負担を考慮し入院するまでの日記で副題は「2004年2月8日ヨリ3月18日入院マデ」。没後1年の追悼展のための資料を整理していたときに発見されたもの。
 先の戸塚洋二氏(66歳没)はブログで、79歳の中野氏は78枚の和紙に書き綴った。これは闘病記ではないが、がん告知の問題、高齢者への大病院の治療方針など、生と死を画一的にとらえる医療に対して、いかに自身の生命を全うしようと努力するものとの間の溝は深いままだ。同年7月16日死去。

2009年10月31日土曜日

たばこ増税大賛成

 政府が税収不足を解消するためたばこ増税を検討しているそうだ。金額は明らかにされていないが、先進国の平均価格は一箱600円ほどとみみっちいことをいわずに1000円くらいにすべきだ。そうすればさらに禁煙を決意する人が増えるだろう。20歳から40歳まで尻から煙がでるほど吸っていたものとしては、禁煙後の生活が健康面や繊細な味覚を感じることができるようになったことの喜びは何物にも代えがたい。

2009年10月30日金曜日

「さくらごはん」

 昨夜のケンミンショーで静岡県西部でのみ食べられている「さくらごはん」が紹介されていた。朝起きると炊飯器から炊き込みご飯の炊けるニオイがしたが、でてきたのはその「さくらごはん」だった。醤油だけでは心配だったのでダシを少し追加したとか。食べてみたが不味くはないが番組で目をむいて絶賛したほどのものではなく、ただの具なしショーユメシだった。TVのグルメ番組は楽しみだが味の表現が大袈裟すぎるし、食の経験の乏しいかたが、「ウマイ」とだけいわれても面白くない。

2009年10月29日木曜日

iMac27インチはいいなあ〜

 アップルのHPでiMac27インチをみたが、編集作業には強い味方になりそうだ。去年買ったiMac20インチのディスプレイの解像度は1680x1050、編集作業では最低A4サイズが等倍の見開きで全体が表示できるのが好ましいが、それだと縦が1200必要なので少し小さい。従って20インチ(4:3)のディスプレイを並べて使っているが、27インチは2560x1440あるので1台で事足りる。iMacができたころは家庭用のマシンで、編集や画像をヘビーに扱うにはパワー不足でわたしもずっとタワー型を使っていたが、それまでの考え方をあっさりとひっくり返すようなパワーをもったマシンに変身してしまった。この不景気で売上が減少し、そうそう新しいものを買うことができないが、HPのビデオをみているとため息が出るほどすばらしい。いつものことながらでているスタッフはノーネクタイ、アップルの社風を感じさせる。

2009年10月28日水曜日

もみじウオーク今年は参加せず。

 昨夜、主催者から11月14・15日の参加の問い合わせの電話が入ったので仲間と相談したが、今年は都合が悪くだれも参加しないという。わたしは15日は丸岡蕎麦道場、同じ週に学会展示と学会事務局の打合せの仕事があるので残念ながら参加は無理なので仲間に迷惑をかけずに済んだ。木村先生は今年も参加されるらしい。
 話は変わるが、桂米朝の文化勲章受章の知らせはうれしいが、久しぶりに顔を拝見したが脳梗塞の影響か、ずいぶん老け込んでしまったように見受けられ心配だ。
 わたしのiTunesのなかには「米朝落語全集」のうち70演目が入っているが、全部聴くには32時間かかる。一生の宝物になるだろう。

2009年10月27日火曜日

キリン北陸工場閉鎖。

 突然の新聞報道には驚いた。ビール工場はずいぶん地下水を使うので水位が下がり、伏流水を利用している流域のかたは井戸を深く掘り直さなければならない目に遭っていると聞いていたが、そういう意味からは結構なことではないかと思う。キリンビールを飲まなくなって久しいが、今一番旨いと思っているプレミアムモルツのサントリーと合併するので複雑な気持ちだ。

2009年10月26日月曜日

探蕎会山形行。

 金土日と山形方面へ秋の探蕎行。わたしは仕事でいけなかったが、「新高湯温泉」「檜枝岐温泉」ともに宿良し、温泉良し、エサ良しで、天候にも恵まれ紅葉は真っ盛りだったそうだ。事務局として春秋の旅行の宿のセットを任されるが、初めての場所はネットで調べるしか情報がなく、ときに失敗することがある。かなり前になってしまったが「夢千代日記」で有名な「湯村温泉」の宿は、♪窓を開ければ〜ババアの洗濯物が見える〜♪状態でひんしゅくを買ったが、お湯はよかったと慰められたことがあった。宿はチビるものではないと深く反省したものだ。
 旅行の帰りに久保さんが店に寄られ「裁ちそば」のお土産ををいただき、夜は寺田会長からお礼の電話、さっき木村先生からも同様の電話があった。旅の達人たちからお褒めをいただき恐縮したが、会報でさらに旅の愉しさを味わえるので原稿を心待ちにしている。

2009年10月25日日曜日

本離れ

 読書週間を前に読売がおこなった世論調査でこの1か月に本を読まなかった人は男性50%、女性54%で、調査を始めた80年以降、02年、05年と並んで最多となったそうだ。理由の1位は「時間がない 51%」以下「読みたい本がない 21%」、「本以外で知識や情報が得られる 18%」、「読まなくても困らない 18%」、「健康上の理由 16%」、「読むのが嫌い 10%」と続いた。また読む理由は「知識や教養を深める 46%」、「面白いから 33%」、「趣味を生かす 28%」、「仕事に役立てる 19%」、「時代の流れを知る 15%」。読むきっかけは「店頭 48%」、「新聞の書評 26%」、「ベストセラーの話題 22%」、「新聞、雑誌の広告 21%」の順。調査対象は3000人、回答数1801人(60%)と少ない。またわずか1か月の間でということは忙しい人は本当に読めない時もあるだろうし、この調査の方法に問題があるような気もするが、深刻な活字離れが進んでいることは間違いない。しかし読まない理由が「本以外で知識や情報が得られる」、「読まなくても困らない」となると価値観の問題になってしまい議論の余地がない。
 新聞社の調査なので、本を読む人にとって新聞の情報は大切ですよいいたいのかも知れないが、その新聞も部数を減らし続けている。この先どうなるのだろうか。

2009年10月24日土曜日

セルフレジ初体験

 夕方、長女とジャスコ杜の里店へ夕食の買い物、店内は空いていてセルフレジはガラガラ、ならばとセルフレジに初トライした。画面の指示通りに商品を通すが、バーコードに赤いテープが貼ってあるものが通らないのでテープを剥がそうとしていたら、店員が飛んできて(といっても実際に飛んできたわけではないが)、「これは特売品ですので、別の場所に新しいバーコードが貼ってある」とのこと。そうこうしているうちに時間切れで、レジがリセットされ、初めからやり直しとなった。もしレジが混んでいたらブーイングものだろう。2回目はうまくいったが、魚のパックはどうしても手に臭いが残るし、1個いくらのものを何個か買った場合はどうするのかなどまだ疑問が残ったまま。セルフレジは少しのものを買うなら便利だが、たくさんとなると通常のレジで店員に任せた方が時間短縮になるのではないだろうか。

2009年10月23日金曜日

ケンミンショーから不毛地帯へ

 木曜夜が楽しみになった。不毛地帯は1回目だけが2時間でその後は10時からとなっていたからだ。しかし巨人vs中日のCSシリーズの中継が遅れ、ケンミンショーは9時半からだったので、不毛地帯は録画となった。
 ケンミンショーのシャベルとスコップの話は面白かったが、わたしは今でもスコップをスコッパというが、これは金沢だけだろうか。いまや国民的人気番組になったケンミンショーにぶつける番組はしばらく出ないような気がする。
 話は変わるがマルチタッチ対応のMacのMagic Mouseの発想はスゴイ、これだけでも欲しい。Windows 7はまったく興味なし。

2009年10月22日木曜日

「がんと闘った科学者の記録」戸塚洋二著、立花隆編

 「ブログを始めた目的は、離れて暮らしている子供たちや、私の兄弟、知人たちに近況を知らせること、そしてブログはつれづれなるままに書き残しておきたいことを貯めておくのに便利な手段だなと考えたこと、の2点があったからです。」(本文より)
 戸塚氏のブログがあることは、金大から千葉大へ行かれた「休眠療法」のT先生からお聞きし、ときどきブログを読ませていただいた。転移後の治療方針について氏と奥様に意見を求められたT先生の「休眠療法」の話もブログに出てくる。2000年に最初の大腸癌の手術を受け、04年に左肺転移、05年右肺転移したが手術不可、06年化学療法開始。07年8月4日から「本日から覚え書程度に記録をつけたいと思います。A Few More Monthsとは妙なタイトルですが、病弱な身での願望を表します」とブログを書きはじめられた。
 ノーベル物理学賞に最も近い学者といわれ、専門知識はもちろんだが、ご自身の癌に対しても科学者の立場で理解されようとしていた。08年1月肝転移、2月骨転移、3月脳転移、7月10日永眠された。文藝春秋で立花氏と対談されたが、その発売日にお亡くなりになり、NHKTVでも特集を組まれたのをご存知の方もいらっしゃるだろう。わたしも氏のことを3回ブログに書いた。今日、久しぶりにブログをのぞいてみた。結局、The Forth-Three Monthsで亡くなられたことを知らせるページがまだ残っており、奥様が丹精こめて育てられた庭の花の写真と共に、ありし日の姿を偲ぶことができた。(文藝春秋)1750円

2009年10月21日水曜日

iMacが新しくなった。

 今朝のアップルHPでiMacが新しくなり21.5インチと27インチのオールインワンとなり24インチモデルは消えた。キーボードとマウスはワイヤレス標準装備となり、メモリも4GB搭載、HDは1TBで27インチモデルが168,800円となった。1年前に買ったiMacは20インチ、メモリ2GB、HD500GBで15万円ほどした。現在は2ディスプレイで仕事をしているが、27インチだとアプリケーションのツールを画面に出しっぱなしにして作業しても本体だけで済む。近いうちにブルーレイ搭載モデルも発表されるようだ。これでデスクトップPCのなかでiMacはHPにあるように究極のオールインワンになった。Macを初めて買ったときは、本体100万円、17インチディスプレイが30万円、メモリは1MBで1万円したことを思うと夢のようだ。

2009年10月20日火曜日

演題締め切り日。

 ある学会の事務局をしており、今日が演題締め切り日。今のところ目標の数に届かないので、締切を延長することになる。小規模の学会だが、学会のHPのアクセス数は9月から倍増している。演題募集、抄録作成ともここで引き受けているので、作業はスピーディーに行えるので、学会ギリギリまで校正、修正が可能だ。去年は国際学会の事務局をしたが、すべて英語なので苦労し、頭頂部に悪影響が出たが、この学会も英文併記となっているが、精神的にはずいぶん楽な仕事だ。学会は11月20・21日

2009年10月19日月曜日

月曜日は気分がいい。

 「ブルーマンデイ」という言葉があるらしいが、休みのない仕事をしていると、皆が働き出す月曜日は反対になんとなく気分がいい。日曜、祭日の仕事は12時からだが、家にいるとなにかやらされそうな気がして避難のため10時前には店に向かう。午前中は静かなので校正の仕事などにはうってつけだ。定年のない仕事が羨ましがられるが、それは儲かっている場合の話で、昨今のような不況で売上の減少が続いていると心中穏やかではないが、5月の誕生日で60歳の定年退職となっていたら、いまごろ「うつ状態」になっていたかも知れない。ということでまた「うつ病」の話となった。気が利いてサービス精神旺盛なかたは気をつけてください。

2009年10月18日日曜日

加藤和彦氏自殺

 突然のニュースでまったく理解できなかったが、ここ数か月はうつ病で通院し、体調不良で仕事を降板していたそうだ。うつ病を反復する症例では、20年間の経過観察で自殺率が10%ともいわれている。またうつ病の男女比は2:1だそうだ。かつての仲間、北山修は精神科医で1998年から九州大学大学院人間環境学研究院教授というのが皮肉だ。ご冥福を祈る。
 不安定な現代社会に生きるものにとって「うつ病」は決して特殊な病気ではない。

2009年10月17日土曜日

不毛地帯

 第1回目の15日は「ケンミンショー」を観たので昨夜録画で鑑賞した。山崎豊子の原作の内容は今さらいうこともないが、1976年の映画版をDVDで観ていたのでTVではどのようになるか興味があった。映画では壱岐正ー仲代達矢、壱岐佳子 ー八千草薫、壱岐直子 ー秋吉久美子、川又空将補ー丹波哲郎、大門一三ー山形勲となっていたので、重厚さはかなり劣る。しかもヒラメ貼りの唐沢と酒癖の悪いギバちゃんが陸士の同期とは…。真剣な表情で互いに顔を見合わせたらふきだすのではないかと心配になったほどだが、1回目の内容を観た限り、その後の展開を連想させる出来でなかなか良かった。来週から「ケンミンショー」と「不毛地帯」のどちらをみるか悩ましいが、やはり「不毛地帯」は残したいので録画に回るだろう。

2009年10月16日金曜日

犬塚勉(1949-1988)展

 NHK日曜美術館で好評だった(4月、7月、9月と再々放映)、38歳で谷川岳で遭難死した犬塚勉展「稜線の風の如く」がいよいよ明日から11月15日まで長野県東御(とうみ)市梅野記念絵画館で開催される。新市名の由来は、旧「東部町」の「東」と旧「北御牧村」の「御」の各1文字で構成。上信越自動車道東部湯の丸ICで下りればいいようだ。放映後すぐに画集を手に入れたが、秋も深まり、紅葉良し、蕎麦良し、温泉また良しということで山好きの仲間とぜひ本物の絵を見に行きたい。天気が良ければ浅間山も間近に見えるだろう。
 話は変わるが、小松ではスイカの皮を干してゴミにだしていたとは知らなかった。

2009年10月15日木曜日

キリンチャレンジカップ対トーゴ戦

 サッカーの中継のある日は早退させてもらうが、この試合のトーゴのメンバーは2軍で、W杯出場を逃し士気に欠けると言われていたので何点取れるかに注目していたが、前半2点をとったあとの決定力の無さ、明らかに動きのニブイ相手に30本のシュートでわずか5得点、10点とってもおかしくない試合だった。そういえばこの前のスコットランド戦も2軍だったとか。両試合とも緊張感のない試合だった。

2009年10月14日水曜日

M先生のブログが更新された。

 フランスで行われたシェーグレン国際学会のため、「朝フラ」(朝フランス語の勉強)を1か月以上特訓して臨んだが、まったく聞き取れなかったらしい。うれしかったのはiPod touchがフランスの無線LAN環境下で繋がり、メールの送受信ができたことだ。買うように勧めたものとしてはホッとした次第。しかしタイトな日程で学会の合間に慌ただしく名所旧跡を巡る様子はお疲れさまというしかない。医者の世界ではなんでもセワシナイ。
 発表されたIgG4関連疾患は日本が世界をリードしているようなのでこれからも伝道師の気持ちでがんばっていただきたい。

2009年10月13日火曜日

突然メール不調に。

 朝、出勤したときはなんともなかったが、突然管理している5つのアカウントのパスワードを要求され、入力したが何回も拒否され、受信不能になった。ニフティのホスティングサービスの契約をしているので、管理者のわたしが解決しなければならない。幸いパスワードはiPod touchにバックアックしてあるが、いつの間にかパスワードが6桁に変更になっていた。わたし個人と店と学会用は8桁のパスワードになっているが、kmとtmは4桁のまま、すぐに変更してアップした。その後異常はないようだが、こういうときに限って重要なメールが届いていたりするものだ。今のご時世、メールが届かないと陸の孤島になってしまう。しかしトラブルの原因はわからないままだ。
 話は変わるが、書店のHPのリンクのページに木村先生の「晋亮の呟き」を追加した。サーバーの契約容量が残り少なくなったので「探蕎会」のHPは新しいサーバーに移転予定です。

2009年10月12日月曜日

秋晴れの清々しい朝だが、

今日も仕事。患者さん用のパンフの校正がほぼ終わり、エッセイの校正にとりかかる。休みの日は雑用が減るので、集中でき校正作業にはピッタリだ。このエッセイは20年にわたり、何回も訪れた中国と米国の話なので、著者と一緒に旅をしているような気分になり、感動を共有できるのがありがたい。

2009年10月11日日曜日

早朝畑へ。

 この時期は週一でOKなので助かる。今朝はナス、ピーマン、シシトウを収穫、ダイコンとカブの間引き、カブの根元は小さいが白く、球形になっており、香りはすでにカブそのもので清々しい。残っていたトマトを倒し、苦土石灰を施し、1/3の畝にホウレンソウの種を蒔いた。汗もかかずいい季節になった。
 話は変わるが、昨夜のキリンカップ(対スコットランド戦)はスッキリした結果だった。中村俊輔などベンチのほうが豪華メンバーで最初驚いたが、結果良ければすべて良しの世界だから文句はない。
 さらに話は変わるが、書店のHPにこのブログがあちらのデザインでリンクできるようになった。まだまだデザインに改良の余地があるが、これから少しずつ手を入れていく予定、乞うご期待。

2009年10月10日土曜日

言うは易し、行うは難し

 オバマ米大統領の09年ノーベル平和賞受賞には驚いた。「核兵器のない世界」目指すと宣言しただけで、具体的な業績や政策はまだなにもないからだ。オバマ米大統領の受賞の声明は新聞やネットで紹介されているが、かれの演説だけはいつでも素晴らしい。ノーベル平和賞の賞金(約1億2800万円)を慈善団体に寄付するそうだが、そんなことで済むような状況ではない。まさに「言うは易し、行うは難し」だ。

2009年10月9日金曜日

百四丈滝

 書店の表紙に「百四丈滝」の写真を載せたらさっそく木村先生から「宮川行ってんて」と電話があった。宮川さんは職場の仲間4人で一里野から加賀禅定道→百四丈滝往復→奧長倉避難小屋(泊)→釈迦新道→市ノ瀬と回ったそうだ。ゆっくり歩いたので奧長倉避難小屋まで4時間、百四丈滝往復で2.5時間、2日目は6時出発、17時市ノ瀬着。「写真命」の宮川さんは仲間が小屋で酒盛りしている間に滝を往復し、翌日朝もシャッターチャンスにトライしたそうだ。わたしも今年は百四丈滝を眺めるのを目標にしていたが、例のスッテンコロリンで自信喪失、目標は達成できなかった。宮川さんは百名山まであと4座で来年夏に達成予定。その後は白山をじっくり愉しむことにするそうだ。

2009年10月8日木曜日

Kindle発売

 「親愛なるお客様へ」との書き出しでアマゾンからワイヤレス電子ブックリーダー「Kindle」が日本でも発売になったとの記事がでた。3Gワイヤレスを搭載し、どこでも読みたい本をダウンロードできる。1500冊収容可能で1回の充電で2週間使えるという。28万冊のコンテンツがあり、今のところ英語書籍だけだが、いずれ日本語にも対応するだろう。
 われら書籍業界は大変なことになるが、New York Times、International Herald Tribuneなどの新聞も入っているから(新聞は定期購読すると自動ダウンロードされるという)、紙を媒体にした業界すべてが対応に苦慮することになる。しかし出版物を紙に印刷して流通させるよりコストがかからず、資源をムダにすることもなく、部数の設定にも悩まなくていいから、供給側にはメリットもあるが、電子書籍をネットで手に入れることが主流になると、現在の出版社→取次→書店という流通や書籍の再販制度が意外なところから再考をせまられる可能性があるように思う。価格は279米ドル

2009年10月7日水曜日

シルバーカード

 散髪はバブルの頃からフランスでチャンピオンになったというお店に通っていた(T君、H君も常連)。年と共にお洒落を楽しむほどの髪の毛がなくなったのと、このところの不景気のせいで節約しなければならない雰囲気の中、友人のM君から1500円(シャンプーと顔そり300円増し)の散髪屋を勧められ、昨日で3回目だった(休みのない仕事をしているので、散髪くらい平日でもいいがいやと思っている)。シャンプーは自分でシャンプー台まで移動しなければならないがそれも慣れた。散髪に行く時はリラックスして休みたいことが多いが、馴染みの店だと、天気や景気の話やらに付き合わされるので辛いときもあるが、そこでは目をつむってしまえばなにも話しかけてこないので助かる。しかも料金は安いが店は明るくて清潔だ。会計の時にレジに60歳以上のかたは申しつけ下さいとあり、申告すると「シルバーカード」を渡され、さらに300円引きとなった(証明書は不要だった)。還暦になって初めて具体的に得をした。
 

2009年10月6日火曜日

朝蜘蛛はなんとかというが。

 内勤の仕事が多くなったので、9月から晴れた日は歩いて出勤している。といっても10分ほどの距離で運動にはならない。今朝は雨が降りそうなので車にしたが、運転していると首のあたりがくすぐったい。信号待ちのときに手で払うと小さな蜘蛛だった。ビックリして外に出そうとしたが、ウインドーが閉まっていて、しこたま手をぶつけてしまった。朝、車に乗り込んだときに、ウインドーが少し開いていたのでなぜだろうと思ったが、閉め忘れたらしく、そこから入り込んだのだろう。そういえば最近「社会の窓」も、ときどき閉め忘れて全開になったままでハッとすることがある。自分の車のナンバーも思い出せない。なにかの病気でなければいいが…。ということで、蜘蛛君は難を逃れ車内に潜伏中である。

2009年10月5日月曜日

事件の可能性は低いようだが、

 死亡の原因を正確に発表すべきだ。朦朧会見の時も原因をしっかり説明しないで、うやむやにしてせいで憶測が飛び交ってしまった。本人の名誉のためにもはっきりしてあげたほうがいいと思う。
 話は変わるが、昨日木村邸へお邪魔した際、午後から仕事が入っていたため車でいったので、初めてノンアルコールビールを飲ませてもらった。これまではノンアルコールビールを飲むくらいなら飲まずに我慢するほうがましだと思っていた。結果はやはりその通りだった。アルコールの刺激がないとピリッとした口当たりがなく、ジュースのような感じで間が抜けた感じだった。しかし、先生はわたしがノンアルコールビールを飲んだのをみて、第3のビール(しかも500ml)を冷蔵庫からだしてきてプシュとやり始めたのはいうまでもなかった。どうも互いに顔をみると酒が飲みたくなるようになっているらしい。

2009年10月4日日曜日

「秋晴れ」だがこの暑さは何だ

 6時半に畑、朝陽が眩しい。ナス、ピーマン、シシトウ、オクラ、トマトを収穫、カブの間引きと追肥をおこなった。今日は木村邸でADSLから光にインターネットの回線が変更になるので立ち会った。店も自宅もモデムやらルーターやら3台も器具があり、それぞれピカピカと点滅して目障りで、コンセントも3つ必要だが、今のはひとつにまとまってすっきりしていた。
 畑は長袖だったが、昼間は半袖でも汗ばむ、車内温度は29度にもなっていた。
 仕事をしていると中川元財務相、都内の自宅で死亡のニュースがネットで流れた。自殺ではないらしいが、かれの父親も不自然な死に方だったので気にかかる。

2009年10月3日土曜日

「キリンおつまみ道場」

 新聞に「お酒にぴったりの美味しいグルメ料理レシピが満載!」として上記のHPが紹介されていた。なにより「〜道場」というタイトルがいい。「旬のおすすめ」や「特集PickUp!」としてカツオ、秋刀魚、きのこ料理、「おすすめ料理テーマ」としてチーズ、栗などのおつまみのレシピが並んでいる。しかも「作りやすさ」は「★★★とっても簡単」、「★★ほどほど」、「★わりと本格派」の3段階、共通しているのは調理時間が短いので、もう一品などと悩んだときに重宝する。
 食べ物に関してはどん欲なので、TVのグルメ番組は見落とさないように気をつけているし、新聞や雑誌の料理のコーナーは必ず目を通すので、このサイトはすぐにお気に入りに登録した。iPod touchにも「ネスレバランスレシピ」という無料のソフトが入っているが、メニューに悩んだときのお助けがまたひとつ増えた。アドレスはhttp://www.kirin.co.jp/about/g_r/otsumami/index.htmlです。

2009年10月2日金曜日

「大辞林」 iPhone/iPod touch版

 ネットニュースで、日本産業デザイン振興会は1日、「2009年度グッドデザイン賞」の受賞結果を発表した。応募があった2952件について審査し、このうち「ネットワーク領域」の「個人用ソフトウェア」の審査領域において、物書堂の「大辞林」のiPhoneアプリが選ばれたとあった。大辞林は、三省堂の「スーパー大辞林3.0」をベースにした電子辞典ソフト、収録語を1画面に並べて画面を指でフリックしながら探せる=写真=。タッチで用語を選択、ピンチイン/アウトで画面を拡大/縮小といった、iPhone/iPod touchのマルチタッチ液晶を活用しているのが特徴だが、値段が2,500円でチト高いのでダウンロードをためらっていたが、受賞を記念して10月末まで1,500円で販売するとあったのでさっそく購入した。こういうセールストークには滅法弱い。容量は140MB、約25万5千語収録されており、50音、季語、人名、地名、作品名、ABC略語と6つのインデックスがあり、百科事典としても充分使えるスグレモノ。システム手帳よりなめらかできれいなフォントで見やすいのもよい。
 話は変わるが、「秘密のケンミンショー」の「しまった、しまった、島倉千代子」「困った困った、こまどり姉妹」、「まいったまいった、マイケル・ジャクソン」、「I can not、能登半島」には本当に参ったが、島木譲二のつまらないネタをいじくり回すのをみていると、世の中どう変わろうと、したたかに生存し続けるのは「大阪人」しかいないのではないかと思ったりした。

2009年10月1日木曜日

Weight Man

 iPod touchの無料の体重管理ソフトだ。7月29日にダウンロードしてほぼ毎日記録している。前日より下がると青矢印、変わらない場合は緑、上がると赤となる。当然前日比のプラス、マイナスの数字も出るしグラフ表示も可能。全体ではゆるやかな右肩下がりだが、ガクンと下がったときは、山へ行った日と一致するし、鯨飲馬食した翌日は赤矢印となっている。天高く馬肥ゆる秋となった。油断は禁物でござる。
 話はかわるが、昨夜NHK教育「田部井淳子の登山入門」の最終回で、富士山頂の様子が懐かしかった。ルー大柴は最初の高尾山では得意の「ルー語」炸裂状態だったが、富士山ともなると疲労と酸欠で、田部井さんに向かって「先生のおかげでここまでこれました」と「フツー」のオジサンになり果てていた。確かに山頂で血中酸素濃度を測定すると正確には覚えていないが田部井さんの96に対してルーは82ぐらいだったと思う。高山病を防ぐにはゆっくり、休みながら登り、腹式呼吸を意識し、水分補給が大切だと言っていたが、まさにその通りだ。
 しかしTVで何回か観たが、富士吉田市役所から吉田口登山道を経由して富士山頂まで走って登る富士登山競争は最高記録が2時間32分40秒だという。肉体の鍛錬はトレーニング次第だろうが、これに関する限り達成はかなり厳しい。

2009年9月30日水曜日

BiND for WEBLiFE 3

 Mac版が届いたのでさっそく試した。デザインのセンスがない私にとって豊富なテンプレートが揃っているこのHP作成ソフトは重宝で発売当初からずっと愛用している。それ以前は、Go LIve、Dream Weaver、ID for WEBLiFEと使ってきたが、HTMLタグから完全に解放されたのがこのソフト、誰でも簡単にプロ並みのHPができる。今回のバージョンアップの目玉は、専用のサーバーが使え、しかも最大2年間無料、サーバー容量は無制限というもの。わたしは現在ニフティとホスティング契約を結んでいるが、基本契約のサーバー容量は100MB、メールアドレスは5個、容量を増やせば当然費用もかかる。これからは画像はもっと増えるし、動画も必須になるだろう。となると容量無制限の専用サーバーができることはありがたい。独自ドメインを使用しても費用はこれまでの半分以下になりそうだ。グーグルのブログも直接HPのデザインにマッチできる。ただ、リリースしたばかりなので、まだバグがあるが、致命的なものはないので修復されるのに時間はかからないだろう。HP作成に興味のあるかた、このソフトはお勧めです。

2009年9月29日火曜日

第5回白山・手取川もみじウオークの

 案内状が届いた。過去4回のうち2回参加したが、いずれも探蕎会の行事と重なり、初日のコースしか参加できなかった。11月14・15日の今年もやはり行事が重なった。去年は一回り上の木村先生に負けてしまった(スタート時点ですでに差がついていたが、昼食抜きで歩けば追いつけると思ってゼリー飲料でカロリー補給しながら歩いたが、先生も抜いて歩いていたので結局無理だった)。初日の市ノ瀬コース(22km)は去年と同じ、2日目の渓谷周遊コース(31km)は興味があるが、探蕎会の行事を欠席しないと参加できない。白山も転倒して今年は記録なし、気力も失せてきた。ということで締切の10月末まで出欠は保留とする。

2009年9月28日月曜日

ONの時代。第2回(NHKスペシャル)

 「スーパーヒーロー 終わりなき闘い」。思いつきで采配をふるっていたとされた長島、駒田選手に自分と同じことをさせようとした王、二人とも監督になり、期待が大きかっただけにその反動も大きく、ファンから生卵をぶつけられた王の姿は今でも覚えている。
 二軍で迎えた西本の引退試合に顔を見せた長島のことは昨日初めて知ったが、情に篤い長島らしいエピソードだった。
 王は胃癌、長島は脳梗塞、そして二人とも奥様に先立たれたことまで共通しているが、われわれ団塊世代にとって、お二人の栄光と挫折、そして苦悩から懸命の努力で這い上がってきたときの一言一句は胸に迫ってきたのではないだろうか。生涯の手本となるお二人である。

2009年9月27日日曜日

落ち鮎


 朝、畑から帰って地方紙の朝刊を手にとると手取川の落ち鮎の塩焼きの写真が出ていた。そういえば、昨日来店された砺波市に住む先生と庄川の鮎は最高だという話になった。実は昔、手取川で鮎つり(毛針)をやっていた。鮎は解禁日が一番多く釣れ、庄川は手取川の解禁から1週間遅れなので、その日は必ず庄川に向かったものだ。
 先週の水曜日にエムザの裏にできた「金澤鮎の里」で子持ち鮎を食べた。毎日庄川から生きた鮎を直送しているそうだ。一人10匹頼み、うるかで一杯やりながら焼き上がるのを待った。何でもそうだが、最初の一口がウマイが鮎はとくにそうだ。頭からかぶりつきしっぽまで一気に食べる。酒でのどをうるおし、さらにかぶりつくの連続。しかしお腹が落ち着いたところでよく観察すると背びれが非常に小さい、肩の盛り上がりもない。要するに一生懸命泳ぐ必要のない環境で育てられているということだ。天然鮎だと背びれは歯にあたるので外して食べるが、この仕立て鮎はその必要はない。しかし焼き方は見事だ。富山まで行かずに食べられるのはありがたい。子持ち鮎は結構もたれるので10匹がせいぜいだが、解禁の頃の鮎だと20匹は食べられそうだ。

2009年9月26日土曜日

届いたが、

 午前中に届いたのですぐに開けるとなんとWin版だった。パッケージを開封する前に気がついてよかったが、ムラムラと怒りがこみ上げメールで抗議した。なかなか返事がこないのでイライラしながら校正の仕事を続けた。今朝店に着くとメーカーからメールが届いていた。発信は午前4時、すごい残業の会社で驚いた。メールにはわたしの予約した内容が添えられていた。なんとWin版を注文していた。MacとするところをとなりのWinにチェックを入れていたようだ。
 メーカーは交換には応じるが、Win版を返送し到着が確認されたらMac版を送るとのこと。新しモン好きのわたしとしては非常に残念だが、こういう間違いをするようになるのも年のせいだろうか。

2009年9月25日金曜日

月曜日のような木曜日に続き

 火曜日のような金曜日だが、休み中校正はあまり進まなかったので、ピッチを上げなければならないが、HP作成ソフトのバージョンアップが今日届くので、それも試してみたいが、至急の仕事も入ってしまった。こういう場合はソフトが届くまで、至急の仕事にとりかかるということになる。
 年齢を重ねるごとに、多機能なソフトの習得に時間がかかるようになってきたが、少しでも上達したいという気持ちだけはまだ健在のようだ。

2009年9月24日木曜日

ベン・ライリーのことを悪く書いたが、

 調べてみると、杖をついていたのは糖尿病で右足の指2本を切断したことが関係していたのかも。またかれはエディ・ヒギンズ・トリオのアルバムに何回も参加しているし、今回のメンバーもキャメロン・ブラウン(b)、ジョー・コーン(g)以外は同じメンバーだった。憶測で書いてはいけないことを反省した。
 話は前後するが、コンサートのオープニングで向井滋春が最近の学校のブラスバンドは女子ばかりで、たまに男子がいても小さくなっているといっていた。たしかに先日の「御山まつり」でも紫錦台中、金商高のブラスバンドはすべて女子、チューバのような大きな楽器もこなしていた。一緒にいた長女がブラスバンドは運動が嫌いな子が多く、足が細いといっていたが、そういわれてみれば皆、ゴボウのように細かった。
 わたしたちの時代はブラスバンドは男の世界で、女子はせいぜいクラリネットあたりだった。中1のとき、音楽の先生からブラスバンドに誘われ、トランペットを吹いていたが、すぐスポーツに関心が移り、数か月で辞めた経験があるが、今から思えば何かひとつ楽器をマスターしていれば人生はもっと豊かになっていたと思う。

2009年9月23日水曜日

エリック・アレクサンダー(ts)がよかった。

 ジャズはラッパから唾が飛び出るのがみえるくらい近くがいいといわれるので早くから並び2列目のど真ん中を確保した。プログラムは伊藤君子(vo)ではじまり、そのあと椎名豊(pf)、坂井紅介(b)、力武誠(ds)のピアノトリオ、その後のアキコ・グレース(pf)、向井滋春(tb)、西尾健一(tp)を加えたクインテットの時、T君は本当にTpとTbから唾が飛んだのを何回も確認したそうだ(わたしは目が悪く確認できなかったが、気合いの入ったプレイの最中にもかかわらず、目の前のオバサンがコックリをはじめたのが気になっていた)。
 今回、名前を知っているのは同じ年代の向井滋春ぐらいだったが、若さと体力に任せてテナーサックスを吹きまくるエリック・アレクサンダー<イケメン>と、ハロルド・メイバーン(pf)<T君はかれの風貌をクロマニヨン人と形容したが、わたしはネアンデルタール人と思った(要するにガッツ石松の顔の出っ張りをさらに強調したような感じ)は、調べてみるとE・アレクサンダーの大学時代の恩師らしい>、ジョン・ファンズワース(ds)<イケメン>、ナット・リーブス(b)<フツウ>のカルテットが圧巻だった。メンバーの息もぴったりでNYでは今人気らしい。
 失望したのはベン・ライリー・モンク・レガシー・セプテットで急遽寄せ集めで来日したような感じで、しかもそのうち他の2人(tp、b)も70歳前後のジジイ、杖をついてやっと登場したベン・ライリー(ds)はまったく迫力がなかった。セロニアス・モンク・カルテットに5年在籍しモンク亡き後、モンクの音楽を伝えるためにセプテット結成したとあるが、テクニックの古さと年齢から来る衰えはジョン・ファンズワースのパワーの前には遠く及ばなかった。
 最後のオールメンバーのセッションはプレイヤー同士の掛け合いが面白かったが、ジャズがDNAにすり込まれていないせいか、日本人はテクニックは互角だが、アドリブとなるとまだまだかれらに及ばないことを痛切に感じた。
 公演後、反省会で「火ート」に寄ったが閉まっていたので、「更科藤井」で一杯、せいろでシメとしたが、不景気のせいか、夜はヒマだそうだ。

2009年9月22日火曜日

連休中は校正の仕事を2つかかえているが、

 今日は金沢JAZZ STREET最終日、オールスター・スペシャル・コンサートにT君と出かける。会場は文化ホール、時間は16〜20:30まで4時間半という長丁場なので、気合いを入れて、身を浄めてからにしようと、早朝ウオーキングに出かけた。今週は日曜に続いて2回目、角間の金大を目指したが、途中で雨がぱらついたので、途中で引き返し、小立野トンネルの横の階段を登り、初めて美大の敷地内を歩いた。
 驚いたことに敷地内の目立つところに、もう何年も置きっぱなしになっている廃車の小型車、埃だらけのバイク、自転車などが放置されており、異様な雰囲気でとても大学の校内とは思えなかった。美大だからこれらをオブジェと考えているのだろうか。隣接する医学部保健学科がとてもキレイに見えたほどだった。

2009年9月21日月曜日

ONの時代。

 今朝は家族全員で墓参り、穏やかなというより、まだまだ暑い。
 昨夜は「官僚たちの夏」最終回を録画に回し、「HNKスペシャル シリーズ ONの時代 第1回スーパーヒーロー 50年目の告白」を観た。彼らのことは今さら何も説明はいらないが、天才の長島、努力の王という先入観が実は正しくなく、むしろ逆の面があったとの荒川コーチの話が印象的で、事実、「練習の努力は他人に見せるものではない」という美学を語る長島氏であったが、口元をみていると予想以上に病気の状態が思わしくなかったことが窺えた。
 わたしは学生時代に後楽園球場に何回か行ったが、長島を近くで見たいばかりに3塁側の席を選んだものだった。来週も続く。
 

2009年9月20日日曜日

第29回御山まつり


 「御山」のいう名前は一向一揆の頃、小立野台地の端に金沢御堂(御山御坊)が建てられところからきているらしいが、今年から会場が下馬の地蔵さん(非常にローカルで申し訳ないが)から店の前の石引広見に移り、午後1時から特設ステージで美大のバンド4組、小立野小(ソーラン)、紫錦台中(器楽演奏)、金商高校(チアダンス、器楽)などのプログラムがある。写真はリハーサルの模様だが、左がわたしの店なので、いかに目の前かお分かりになるでしょう。
 また「石引」の地名はその昔戸室山から戸室石を金沢城の石垣を築くために運ぶ「石曳き」からきたことをご存知のかたも多いと思う。毎年、行列は下馬からスタートするが、地味なので終点はどこなのか見届けたことはない。このように関係者の方には申し訳ないが、地元にいてもイマイチ盛り上がりに欠ける祭りなのである。

 

2009年9月19日土曜日

さっそく反応があった。

 岡田克也外相は18日の記者会見で、外務省での記者会見について「原則としてすべてのメディアに開放する」と述べ、記者クラブに所属する報道機関以外にも参加を広げる方針を明らかにした(毎日新聞)。
 これで「記者クラブ」と称するわが国独特の報道姿勢が改まるきっかけになればと思う。
 話は変わるが、昨夜のNHK「金とく」北アルプス縦走(後編)は面白かった。とくにジャンダルムのシーンは迫力があった。木村先生はアンザイレンしていれば大丈夫だといっていたがその通りだった。しかし高所恐怖症のわたしにはとても無理。観ているだけで股間がツ〜ンとなった。

2009年9月18日金曜日

民主党の「記者クラブを解放する」公約が守られなかった。

 あの時の会見で、記者の質問、とくに「記者クラブ」による「官僚の定例記者会見の中止」について、なぜなのかという同じ質問の繰り返しに、疑問をもったかたも多いだろう。今朝のネットニュースではあの会見はこれまで通り「記者クラブ」を使い、さらに「特例として」外国特派員や週刊誌・専門誌記者などの出席を認めただけで、ネット系メディアの記者は閉め出されていたとあった。また週刊朝日編集長である山口一臣氏の「新聞が書かない民主党の公約破り」というブログ記事を引用すると「記者クラブ解放」は「一部メディアの圧力と党内守旧派によって握りつぶされた」。同記事によれば、この件で使われた一言は「新聞、テレビなどのメディアを敵に回すと政権が長く持ちませんよ」と、「ヤ」のつく自由業も顔負けの恫喝まがいの一言であったという。
 我が国特有の「記者クラブ」と政官との癒着の弊害はたびたび問題にされているがまだまだの感がある。

2009年9月17日木曜日

鳩山内閣発足

 遅くまで閣僚の会見をみていたので眠い。鳩山氏の首相就任記者会見の話し方はよかった。かつて小沢一郎に心酔し、「が〜」、「ので〜」と語尾を強調する話し方までそっくりになっていたので心配していたが、ようやく自分の言葉で話すようになった。なんとか4年間政権を維持できれば、官僚や周囲の状況は確実に変化するので、張り切りすぎて足元をすくわれないように気をつけていただきたい。
 話は変わるが2年上のかたにはどういうわけかコンプレックスというか畏怖感がある。中学1年のときは3年生はでかくて中にはオッサンのようなかたもいたし、高校1年のときは真新しい白線帽を被った身にとって、薄汚れて汚い帽子や、コイツ絶対タバコや酒を飲んでいるなと思わせる迫力のあるかたもいた。要するに縮み上がっていたような気がする。しかし自分がその立場になるとまったく杞憂だったことに気がつくものだ。総理も副総理もわたしにとってその年代になる(学年では3つ上になるが)。

2009年9月16日水曜日

福島瑞穂のサイン

 新聞の週刊誌の見出しに「小学生みたいな字で3党連立合意書にサイン」と書かれているし、ネットでもそのときの彼女のサインの画像がアップされている。確かに幼稚な字だ。1955年生まれ、東大法卒の才媛だが失礼ながら彼女の年代あたりまでは字がきれいでないと軽く見られる風潮があった。わたしは彼女のような字を書く人から手紙をもらったとしたら、百年の恋もなんとかだ(あり得ない話だが)。
 もっとも字も幼いが彼女が言っていることも、子どもじみた話ばかりであきれてしまう。しかし大臣に内定したときの顔はうれしさを隠せない表情だった。もしかすると精神年齢はまだ子どもかもしれない。「字(名)は体を表す」ということだろうか。
 そういうわたしの字はというと、書いて30分くらい経つと自分でも読めなくなるし、周りからは「象形文字」といわれている。ワープロがあるおかげでなんとか生きていられるというのが現状だ。
 ということで、きれいな字を書く人は今でもわたしの憧れの対象になっている。

2009年9月15日火曜日

オフ会@「空海」

 小学校5年の3学期に長田町小から野々市の郷小に転校した。一学年一クラスしかない木造の校舎には驚いたが、郷小は私の学年を最後に野々市小学校と合併して閉校した。20歳のときに再び金沢市に戻ったので長い間小学校のことは記憶から遠ざかっていた。数年前に初めて同窓会の案内状が届き参加したが、姓ではなく名前で呼び合うのをみていると、なかなか話に入りづらかったが、転校生を大事にしてくれたことには感謝の気持ちで一杯だった。なんとかお返しできることはないかと考えた末、HPを立ち上げることを思いついた。
 昨夜はそのHPに積極的に参加してくれた主要メンバー4人で宴会となった。これからも参加してくれる仲間を増やすように努力をすることで一致したが、毎日HPをみていると久しぶりに会ってもまったくそう感じないところが不思議なところだ。

2009年9月14日月曜日

プレゼン作成2件

 昨日はメールで添付、今朝はデータがメールに添付、手書きイメージ原稿がFAXで届いていた。プレゼン作成は久しぶりだが、先日からkeynoteの勉強をしており、パワーポイントよりはるかに使い勝手が上回り、ダイナミックなプレゼンが可能なのでこのソフトをもっと宣伝したいと思うが、世の中はまだパワーポイントだけなので、発表にもMacを持参しなければならない制約があるのが残念である。とりあえず、ごく少数のMacユーザーの先生に試してもらっているが評価はよい。Mac専用ソフトなので、Win版ができればドッとこれに変わる可能性があると思う。
 ということでさっそく作成にとりかかる。

2009年9月13日日曜日

朝、畑へ。

 ナス、トマト、オクラを収穫。ダイコンの種を1畝蒔き、先に蒔いたダイコンの間引きを始めたところで急に雨が降り出したので作業は中止したが家に戻ると雨は止んでいた。今日はトマトを倒して次の準備をするつもりだったが、まだ元気があるのでもう少し様子をみることにした。去年のダイコンはどういうわけか、すべて丈が短く辛み大根になってしまい、毎回涙なしには食べられなかったが、今年はどうなることか。種を蒔くのも3回に分け、カブの種も1畝蒔いたのでこれからが楽しみだ。トマトのあとはホウレンソウにする予定。去年は春に蒔いたが、発芽後、水やりをサボったせいであとかたもなく消えてしまったので再トライアル。
 8時からNHK教育TVで「やさいの時間」を観ると、ハクサイやキャベツにつくアオムシ、コナガ、ヨトウムシなどの害虫の退治法を教えていたが、いつも思うことだが「捕殺」というスゴイ表現には、同じ生き物なのにずいぶんヒドイ扱いをうけるものだと違和感がある。しかし畑で「捕殺」を免れてモンシロチョウになって飛んでいるのをみると、この野郎と思うようになったので、そのうちなんとも感じなくなるのかもしれない。

2009年9月12日土曜日

「金とく」北アルプス縦走(後編)放映延期

 楽しみに帰ったら1週間延期となっていた。「ジャンダルム」付近で遭難した人を救助する際、岐阜県の防災ヘリの機体後部のローターが岩盤に接触して墜落し、乗員3名が死亡したとのニュースをネットで知っていたので、今回の放映はまさしくその「ジャンダルム」を登るシーンが予告で流れていたからしかたがない。
 とくに今年は60歳以上の登山者の事故が目立つ。わたしも去年と今年と2回も転倒した。体力は年々落ちていくし、反射神経も鈍くなっている。今まではラッキーだったと思い、キッチリとトレーニングして身体を鍛え直してからにしないと、大きな事故になりそうなので、今年は自重しようと考えている。

2009年9月11日金曜日

27,800円→19,800円

 昨日発表になったiPod touchの値段だ。8GBの容量のものが1年間でこれだけ安くなった。同じ値段だったら32GBが買える。iPod nanoにはビデオカメラとFMラジオもついた。iPod touchは携帯音楽プレイヤーとしてはもちろんだが、Wi-Fi環境下でネットに接続し、サイトや、メールのチェックができることが最大の特徴だ。gmailにメールを転送するようにすれば、これさえあれば無線LANのあるところではどこでもPCなしで可能で、文字通りポケットPCとして使えるすぐれものだ。この値段になった以上、買おうかなと悩んでいる方はすぐに買うべきだろう。ほんの少し前に買われたM先生はさぞかし口惜しいでしょうが、PC関係の進歩と価格との関係はこんなもんだからしかたがない。
 肝移植手術をうけて1年ぶりにプレスイベントに登場したS・ジョブス氏の姿は痛々しかったが、トップダウンでアップルを支えてきた功績は大である。まだまだ頑張ってもらいたい。

2009年9月10日木曜日

「がんと向き合う」

 先週と今日の2回、波田野基一(金大名誉教授・がん研)先生の記事が北國朝刊に載った。先週はがん研の佐藤所長、今日は金沢医療センター院長小島先生の談話だったが、小島先生の手には探蕎会会報があった。出勤してからバックナンバーを調べてみると、それは第33号(平成18年4月30日発行)だった。小島先生は2006年にいただいたと書かれていたので一致する。
 波田野先生は75歳で探蕎会を立ち上げ、10年間会長として活躍された。私は先生と同じ町内に住んでいるというだけで会に入れられたが、会の行事以外でも行ったことのないそば屋を電話帳で調べ、よく誘われたものだ。たまに大ハズレでマズイ蕎麦だったときも文句ひとついわず完食されていた。
 大腸癌で入院されたときに質問したが今まで健診は受けたことがなかったそうだ。それ以上病気に関する話はされなかったが、探蕎会会長の職は辞するといわれたので覚悟はされていたのだろう。2回目の入院で帰らぬ人となられたとき、木村先生と自宅にお邪魔したが、10年前に探蕎会を結成した同じ座敷でまさしく「即身仏」のようなお姿だった。健診さえ受けていれば百歳までも生きられたのではと思うと今でも残念でしかたがない。

2009年9月9日水曜日

松本 尚先生のこと

 木村先生から自宅のMacがインターネットもメールも出来なくなったと連絡を受けたので昨夜お邪魔した。Mac本体は大丈夫だったので、モデムの問題と考え、電源を抜いて入れ直すと、モデムのPPP(電話回線を通じてコンピュータをネットワークに接続するダイヤルアップ接続でよく使われるプロトコル)が点滅し、再構築しだしたのでこれだけでOKだった。おかげでその後すぐに酒盛りに突入したが、NHK10時からの「プロフェッショナル」を見ていたら見覚えのある先生が出ていた。松本尚先生だった。彼は金大を出て第二外科(消化器外科)に入局したが数年で辞め、日本医大の救急へいかれたが、その際に挨拶に来られたとき以来だった。出身校を離れてしかも途中から他へ行くのは人の数倍の努力が必要で大変だが頑張るように話した記憶があるが、救急医療の最前線で活躍している姿を見て感慨無量だった。
 ラストシーン近くで、金大附属高校時代の制服姿と石川門が映ったが、金大医学部出身との説明はなかった。実力だけの世界では、学歴なんか無用ということだろう。卒業年次や出身校にやけに詳しい医者がいるが、そういう視点でしか評価できない世界に埋没しているものにはいい刺激になってくれればと思った。

2009年9月8日火曜日

加藤周一「過客問答」かもがわ出版

 タイトルは李白の詩「光陰者百代之過客也」からか、それを引用した芭蕉の「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」だろうし、問答とは江藤文夫が聴き手をつとめたからだろう。目次は1.半世紀を旅して、2.戦時下の風景、3.芸術作品を読む、4.中国の表情と日本の表情となっている。
 氏は旅にはカメラを持たないという。カメラに収めることと対象を見ようとすることは必ずしもつながっていないからだそうだ。前に読んだ「私にとっての20世紀」にも、絵画は必ず本物を実際にみないで評価はしないし、外国のことも実際住んだ経験のない地域のことは書かない主義だ。とにかく頑固モンにも程度があるが、あまりに含蓄の多い文章が続くので、最近政治の世界では「脱官僚」などという言葉がよく登場するので、中国の官僚について記した箇所があるので一部を紹介する。
 「日本では中産階級でも、東大法学部でいい成績をとれば役人になれるが、中国では官僚になって15代目とか、おじいさんの代からだとかで、役人になるのは生易しいものではないらしい。カナダにいた頃に中国の教授との話のなかで、学生時代にも学生食堂に行ったことがなく、昼飯は家の料理人が弁当を作って、それを別の召使いが大学まで届け、食べ終わるとそれをまた持って帰る。しかも昼飯なので非常に簡単で15皿とか20皿程度にすぎなかったという。共産主義の世界になってもそういう人間が代々官僚になる、その2000年の官僚の歴史を変革するためにも文革が必要だった。ただしちょっと急ぎすぎた。」とあった。面白い指摘だ。
 ある先生が東大の連中はあれは何年にああいったとか、とにかく昔のことを非常によく記憶していると感心していたが、氏も東大医学部の出身、対談で昔の記憶を正確に再現できるのは当然のことなのだろうか。

2009年9月7日月曜日

第266回OEK定期公演

 朝刊を開くと昨日のコンサートの写真が出ていたが、岩城宏之氏の写真の前の最前列の席だった。演奏曲はハイドン「交響曲102番変ロ長調」、モーツァルト「クラリネット協奏曲イ長調」、プトリー「アルト、およびソプラノのサクソフォンと管弦楽のための協奏曲」(世界初演)の3曲、ハイドンはどれを聴いても、ああハイドンだとしか感じなかった。「クラリネット協奏曲イ長調」は有名な曲で誰でも聴いたことがある曲だが、クラリネット奏者の豊永美恵さんは、今年度岩城宏之音楽賞を受賞したかたで、OEKと初共演、かなり緊張しているようで、何回もドレスの裾で指を拭いていた。しかし若々しく力一杯の演奏は非常に良かった。一番の興味は最後の作品でサックスがクラシックのメインになった曲を聴くのは初めて、しかも世界初演ということは、会場でお会いした耳の肥えた探蕎会の木村先生や、久保さんとも互角に渡り合えるということだ。
 須川展也さんのソプラノサックスは Kenny Gが使っているようなストレートではなくカーブドネックになっていたが、これは音をやわらかくするためだろう。ちなみにわたしのiTunesに入っているサックスプレイヤーは、Art Pepper、Charles Parker、 John Coltrane、 Kenny G、 Paul Desmond、 Sonny Rollins、Sonny Stitt、 Stan Getz、 日本では本多 俊之、MALTA、渡辺 貞夫などで、すべてジャズかフュージョン、 クラシックのサックス演奏方法はジャズサックスとはまったく違うが、かれのテクニックならどちらでもこなせそうだ。

2009年9月6日日曜日

絶好の山日和だが。

 午後3時から音楽堂でOEK定期演奏会があるため断念、というかまだ体力に自身がない。ということで6時からウオーキングをした。自宅近くの鶴間坂を3往復し、そのあと浅ノ川の若松橋から下田上橋の間の遊歩道を往復すると時速5kmくらいで歩くのでちょうど1時間、いい汗をかいたので気持ちがいい。毎朝このペースで歩いたらあっという間に体重が落ち、体力的に楽になるのだが実行はなかなか難しい。
 話は変わるが、昨夜の対オランダ戦に対する岡田監督のコメントは、Wカップベスト4を目指すという理想は高いが、現状認識と具体的な指導力に大きな問題があるように感じた。「政局より政策を優先した判断は間違っていなかった」と強弁した首相とどこか似ている。とくに強情さはそっくりだ。こういう指揮官だとスポーツも政治も、従うほうはたまらんだろうな〜。
 

2009年9月5日土曜日

早朝畑へ。

 5日ぶりだったので、秋ナス、ピーマン、シシトウ、オクラなどバケツ一杯の収穫、さらにダイコンを間引きしたあと、畝を3本立てた。
 ダイコンの間引き菜は朝食のみそ汁に入り、皮がやわらかくおいしい秋ナスはこれからのお楽しみだ。
 「秋茄子は嫁に食わすな」という諺があるが、ウィキペディアでは「秋茄子わささの糟に漬けまぜて 嫁には呉れじ棚に置くとも」という歌が元になっており、嫁を憎む姑の心境を示しているという説。また「茄子は性寒利、多食すれば必ず腹痛下痢す。女人はよく子宮を傷ふ(養生訓)」などから、嫁の体を案じた言葉だという説もある。さらに、そもそも「嫁には呉れじ」の「嫁」とは「嫁が君(ネズミのこと)」の略であり、それを嫁・姑の「嫁」と解するのは後世に生じた誤解であるとする説(『広辞苑』第三版、「あきなすび」の項)。しかし「嫁が君」は正月三が日に出てくるネズミを忌んで言う言葉であり、「秋茄子わささの~」の解としては(季節が合わず)やや疑問ではある。「親の小言と茄子の花は千にひとつの無駄もない」ナスの花が結実する割合が高い事に、親の小言を喩えた諺。などと諸説紛紛だが、「嫁に食わすな」はほかにも「秋鯖」「五月蕨」「秋の鮗(コノシロ)」などがあるそうなので、こうなるとやはり嫁を憎む姑の心境以外は後付の理由のような気がしてならない。

2009年9月4日金曜日

『思考の整理学』(筑摩書房)、100万部を突破

 「8月31日に59刷目の重版を発注し、累計発行部数が101万5000部に到達した。1986年の刊行以来、23年目にしてのミリオン」との記事を見た。わたしは3年前くらいに買ったが、読み終えるまでそんなに昔の本だとは思わなかった。外山滋比古氏の本はさらに「読みの整理学」も読んだが、こちらはイマイチだった。
 先日図書館で借りて読んだ加藤周一「私にとっての20世紀」は読み返すために文庫本を買ったが、文庫版は今年の2月に出版されたが、4月ですでに4刷となっていた。
 政界のドタバタをヒステリックに伝えるマスコミのレベルの低さに失望を感じているが、このような本が増刷を重ねていることは日本人の良識は、まだ健在ということか。しかし残念ながら良識というものはいつでも声が小さいものである。

2009年9月3日木曜日

iWork '09

 Snow Leopardはソフトウエアやプリンタドライバの対応を待つしかないが、iWork '09のトライアルを試しているうち、これは手に入れる価値があると判断し、昨日Apple Storeから届いた。さっそくkeynoteでパワーポイントのファイルを読み込み互換性のテストや使い回しの感触を味わった。あらたな用語の理解、テキストを整列のやりかたなど、パワーポイントの操作が染みついているのでときどき予期せぬ動作となることがあるが概ね良好。
 かつてマックドローを使いたいだけでMacを買った方がいるが、iWorkは取り回しの便利なソフトなので往年の感動をふたたび味わったような気がした。他のソフトもそうだが、iWork '09のマニュアルは1枚だけ。仕事柄、ソフトの使い方は常に一歩先を行かなければならないので、マニュアル本を注文したが、直感で操作できるのでその必要はなかったかも知れない。
 話は変わるが、3年間のハーバードの留学から帰った先生と話をしたが、米国の一流大学の研究者や学生のレベルの高さは日本とは比較にならないという点については、今読んでいる加藤周一「過客問答」にも同様のことが書いてあり、米国は経済的には停滞しているが、学問的には世界の追随をまだまだ許さないシステムと実力を備えているとのことで加藤周一と同じ意見だった。
 

2009年9月2日水曜日

「何も持たず存在するということ」角田光代

 別にこれを読もうと思ったわけではなく、図書館の随筆の棚をブラブラしていたら、タイトルが面白いので選んだというわけだ。人気作家である彼女の作品は一度も読んだことはないが、エッセイなら気楽に読めるだろうという消極的な判断、なにしろ他の作品が加藤周一「過客問答」、河合隼雄「物語を生きる」とお堅い作品なので息抜きになると思った。
 タイトルのエッセイは巻末のもので、高校の演劇部で舞踏を指導してもらったかたが、自分からは何者であるか一切触れず(実は世界的に有名な舞踏家だった)、彼は彼自身としてそこに存在していた。そのような大人になりたいと結んでいる。その割に少女時代から作家を目指し、欲しくて欲しくてたまらなかった直木賞受賞の模様などがとくに詳しいのはなぜか矛盾している。
 いい出来のエッセイで女性ファンが多いのは読んでいて分かるが、彼女はタバコを吸うので評価が厳しくなったのかもしれない。

2009年9月1日火曜日

Leopardに戻る。

 Snow Leopardにして楽しんでいたが、プリンタが反応しなかった。仕事柄、高価なポストスクリプトプリンタを使用しているが、プリンタドライバが未対応で、2台とも印刷不能。慌ててサポート欄を読んでみると、アドビのアプリケーションも動作を保証していないことが分かった。10.4→10.5のときは1か月くらい慎重に対応を見極めていたが、今回はLeopardの上にSnowがついただけなので(実際ヒョウの頭に雪がのっている)甘く見てしまった。アップルのサポートに電話するともう一度HDをフォーマットしてからLeopardをインストールし直しするしかないという。泣く泣く半日かかって10個ほどのアプリケーションをセットアップし、タイムマシンからデータを復旧しようとしたが、今度はフォーマットした時間より前に戻ってくれない。またもサポートに電話すると今度は上級の部署の担当に回された。話を聞くともっと簡単にSnow Leopardをインストールする直前の状態に戻すことができるとのこと。しかしタイムマシンの日付が1日ずれていると質問すると、ここだけは米国時間になっているとのこと。妙に感心しながら、セットアップディスクを入れただけで、何もしないで2時間あまりで復旧した。
 タイムマシンはデータだけバックアップすると思っていたが、Mac全体をバップアップするようだ。新しモン好きのわたしが招いたトラブルだったが、おかげでMacの実力の凄さを実感することになった。

2009年8月31日月曜日

どれも正しいのだろうが。

 読売で落選した海部俊樹氏のインタビューで「盛者必滅」という言葉を使っていたが、地元紙では「生者必滅」となっていた。どちらも仏教用語らしいが、選挙では死ぬわけではないのでやはりここは平家物語の冒頭の「盛者必衰」というべきではないだろうか。
 夜遅くまでTVの開票速報を見ていたので眠いが、選挙結果の自民、民主の解説はTVや新聞に譲るとして、個人的にはフランスなどでカルト教団とされている創価学会を基盤とした公明党が小選挙区で全敗したことのほうが意義があると思う。信教の自由は憲法で保障されているので自由、政党を作ることも問題ない。しかし政権与党に入って口を挟むのは政教分離の原則から見ると好ましくない。自民党の惨敗によって、なりふり構わず数あわせに公明党に擦りよる必要がこれでなくなったのがよい。
 大勝した民主党にも「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ」の言葉を肝に銘じて政権運営にあたっていただきたい。

2009年8月30日日曜日

朝8時に投票を済ませた。

 投票所の小立野小学校は歩いて3分、選挙のときには近いので助かる。投票を済ませてからカミさんと畑へ。ナス、ピーマン、トマト、シシトウ、パプリカを収穫。先週水曜日に蒔いたダイコンが芽をだしていた。さらに3畝をクワで耕し苦土石灰をまいて次のダイコンの準備をした。
 帰ってシャワーを浴びて体重を計るとマイナス1kg、要するに水デブだが、減るということはなによりうれしい。
 今晩の開票速報は楽しみだが、NHKの番組欄に石川県の3区すべてが注目との見出しがあり、全国的な関心が寄せられているようだ。
 話は変わるが、朝6時15分からNHKで「やさい通信」をやっていた。糸居重里がでていたのでもしやと思っていたらやはり液肥の話がでていた。かれは永田農法の信奉者で自身のHP「ほぼ日刊イトイ新聞」でも永田農法を絶賛している。NHK教育の「やさいの時間」はバラエティ番組になってしまったので、こちらのほうも録画する必要がありそうだ。

2009年8月29日土曜日

Mac OS X Snow Leopard(10.6)


 昼に届いたのですぐにインストール、約1時間かかった。外見上は Leopard(10.5)と変わらず、10.4から10.5になったときと比べると大きな変更はないが、動画を扱うQuickTimeが新しくなり使いやすくなった。
 だが、この日記の下書きはMacのiWork(MSのOfficeと同じ)のPagesを使っているがこれが開かない。HP作成用のソフトを2つ使っているが、そのうちの1つがワードからコピペできない。従ってPagesを使っていたのだが、バージョンは5年前の1のままだった。そこでアップルのHPからiWork '09のトライアルをダウンロードし、試してみたが驚いた。5年の間に想像を超えた進化を遂げていたのだ。これならバージョンアップのたびに使いにくくなるワードやエクセル、パワーポイントから解放されそうだ。打倒Officeの力は充分ある。しかも8,800円と安い。ページレイアウトソフトや、画像編集ソフトとの相性はこれから検証にかかる。参考までに使用方法の実際はwww.apple.com/jp/iwork/のチュートリアルでどうぞ。Winユーザーはびっくりするのではないだろうか。

2009年8月28日金曜日

石 平「中国大逆流」KKベストセラーズ


 水曜日に泉野図書館へ本を返しにいったが、せっかく来たのだからとまた4冊借りてしまった。表題の本の副題はー絶望の「天安門20年」と戦慄の未来像ー。著者は1962年四川省生まれ、北京大学哲学科卒、1988年から日本留学、1995年神戸大学大学院卒。2007年日本に帰化。留学中にあの天安門事件(1989年6月4日)が発生した。この本で著者は中国は現在抱えている市場経済が産んだ空前の格差社会と腐敗の時代(日本も例外ではないが、中国の官吏の賄賂にまつわる話のスケールは桁外れ)から国民の目をそらすために、対外的冒険に打って出る可能性を指摘している。そうなると日本とって大きな脅威になる。
 現在の中国もネット社会、よって当局は監視を強めており、グーグルでさえも政府の要求に屈したほどだ。しかしいくらネットを規制しようとしても完全にできるものではない。とてつもなく広がった貧富の差の沈静化にはさらなる経済成長を必要とするが、果たしてそれは可能だろうか。もし失敗すれば…。2009年6月刊

2009年8月27日木曜日

無題

 新聞の衆議院総選挙や麻薬関連のどぎつい週刊誌の広告をみるたびに加藤周一の次の言葉を思い出す。「新聞の1/3を広告が占めるのは世界であまりない。そこに書かれている週刊誌の見出しは実際に読んでみると見出し以上のことは書かれていない」。
 しかしこれだけ収入をスポンサーに依存すると、とても批判記事など書けないし、真実を書かないからさらに読者は減るという悪循環から抜け出ることは出来ないだろう。
 帰宅すると選挙公報のようなものが届いていたが、どの党もヒートアップしているだけで読むに耐えないものだった。自民党の宣伝は電通が一手に引き受けているという話をきくが、本当だろうかと疑うような内容だ。もっとも自民党とはべったりの同じ穴のなんとかだからしかたがないが…。
 話は変わるが、TVをあまり観ないので、麻薬で捕まった女性とソフトバンクの宣伝に出ている女性の区別がつかないのはわたしだけだろうか。なにかの病気でなければいいが。

2009年8月26日水曜日

横山秀夫DVD 2作品

 「震度0」の情報を検索していくうちに、DVDが出ていることが分かり、レンタル店のHPをチェックすると「在庫あり」とあったので、さっそく借りてきた。となりにやはり横山秀夫「ルパンの消息」もあったのでそれも借りた。「震度0」はシナリオを読んでいるようなタッチだったので、映画ならピッタリだと思っていた。まして両作品とも好きな役者の上川隆也が主演していたのでなおさらだ。夕食後9時から「震度0」を、11過ぎから「ルパンの消息」を続けて観た。原作は読んでいないがミステリーとしては「ルパンの消息」のほうが面白かった。横山秀夫の作品は原作を読まなくても映画で充分楽しめるようだ。「火サス」で鍛えられているカミさんも興味を示したが、2作目の途中でお休みになった。1週間レンタルなのでそのうちにということだった。
 話は変わるが、Mac OS X Snow Leopardが8月28日に発売になるとAppleのHPにあったのでさっそく申し込んだ。さらに速く、さらに安定し、さらに使いやすくなっているようだ。

2009年8月25日火曜日

横山秀夫「震度0」朝日新聞社 2005年

 阪神大震災のときに、700km離れたN県警本部では、有能な警務課長の失踪をめぐる署内の対立に明け暮れ、中央復帰を目指し、体面を重んじるキャリアと、やはり保身を重視するノンキャリア、さらに夫の身分をそのまま警察幹部公舎に持ち込んでいる奥さん連中の人間模様までもが綿密に描かれている。しかし内容は容易に想像できるものばかりで、最後までたどり着くには忍耐を必要とした。しかもありふれた結末。ハードカバーで410頁あるが、この半分でも充分だったような気がする。最初に県警幹部公舎と県警本部庁舎の見取り図があり、ストーリーに関係あるのかと頭に入れたが、警察組織の階級の違いを説明するためのもので本のタイトル同様、話の内容とは関係がなかった。
 ネットで著者からのメッセージとして直筆で「情報は、時として魔物と化す。この小説の主人公は”情報”かもしれない」とあったが、それほどの効果はなかったように思えた。
 話は変わるが、自民党総裁のTVCMが流れるたびに支持率が1%ずつ下がっていくように思うのだが。

2009年8月24日月曜日

無題

 昨日は午後から学会の書籍展示の後始末。昼を抜いたので夕食は腹一杯食べ、ビール、ワインも飲んだので、上を向いて歩こう状態になり、今朝、体重を計るとプラス1.4kgとなってしまった。体重は毎朝パンツ一丁で計り、iPod touchに記録している。毎日の増減をグラフにしてくれるので励みになる。しかし夏やせとは無縁の身体で、65〜61kgの間を行ったり来たり。目標の58kgは山に登れば実現するが、今年は記録なしなのでどうなることか。
 話は変わるが、ベルリン世界陸上の女子マラソンは勝つと思っていたのに残念だった。尾崎は身長は154cmだが、股下が75cmもあるそうだ。ズボンを買うと、短パンがもうひとつできるワシとしてはうらやましい限りだ。

2009年8月23日日曜日

畑へ。

 8時から「やさいの時間」を観て、8時半に開く「ほがらか村」で苦土石灰を仕入れてから畑へ。雑草取りの仕事に精を出した。ナス、シシトウ、ピーマン、インゲン、完熟トマトを収穫し、一畝だけ苦土石灰をまいて、ダイコンの種植えの準備をした。今年は時間差を設けてダイコンを植える予定だ。2.5時間の作業で汗をたっぷりかいたので、出かける前に体重を計ったが、帰ってもう一度計るとマイナス1.6kgとなっていた。
 話は変わるが、昨夜NHK「想い出のメロディー」の最後だけ観たが、しわくちゃになったいしだあゆみ、しかも声がまったく出ていないのにはびっくりしたが、五輪真弓が昔と変わらない声量で弾き語りをしていたのはさすがだった。普段の生活態度や、声の訓練の差が出たようだ。常に努力を惜しまないのがプロということを教えられた。

2009年8月22日土曜日

第10回乳癌最新情報カンファランス

 学会は1日半でセミナーが13、プラス、イブニングとランションを合わせると15、参加人数は200名あまりと少ないが、若手の勉強熱心な方々が多く、各セミナーの間の10分の休憩時間しか会場から出てこない。おかげで本の売上げはかんばしくなかったが、うれしいことがひとつあった。金大を卒業して信州大学の外科に入局したI先生があいさつに来られた。20数年ぶりだった。仕事柄、人の顔はよく覚えているほうだが、かれはわりとおとなしく目立たないタイプの学生だったが、あのころはわたしも若く、かれの学年の連中とはとくに親密に付き合ったのですぐにわかった。名刺をもらうと「准教授」となっていた。かれの同期で現在金大の外科に残っているのはN先生だけだというとすこし驚いたようだが、せっかく金沢に来ても学会会場で同期の先生と会うことはなかったようだ。
 ほかにもひさしぶりの先生が何人もいたが、体型や頭髪の状態が著しく変化してしまい判別不能になったときは、声と目は変化しないものなので、キョロキョロ見ないで、ジッと目をみながら記憶を辿るのがコツである。

2009年8月21日金曜日

酒が残った

 「人間関係や友情を大切にし、酒を飲んだり」と昨日の新聞記事にあったので、帰省した先生と「オステリア デル カンパーニュ」で5000円飲み放題にトライした。飲み放題となるとつい力が入り、白ワインで乾杯、そのあと延々と赤を飲み続け、料理9品も残らず平らげた。帰りに通り道なのでつい「遠野」へ寄ってしまい、さらに水割りの濃いヤツを飲んだ。一緒に歩いて帰ろうとしたが、相方が歩けないというので、タクシーで送り、あとは歩いて帰り爆睡。
 今日はホテル日航金沢で学会の書籍展示の仕事があるが、二日酔いで胸がムカムカする。酒が弱くなったのか、いや飲みすぎだ。
 午前中は死んでいたが、夕方になるとシャンとしてきたのでまた飲める状態になった。明日は8時から学会が始まるので日記は帰ってからとなります。

2009年8月20日木曜日

今回の選挙について

 19日の読売で「大衆社会の視点から」と題して、社会経済学者の松原隆一郎氏と社会学者の大澤真幸氏のコメントに興味を覚えた。
 大澤氏は「ファミリーレストランに行くと、豊富なメニューが用意されている。洋食も和食もある。めん類も…それなのに、本当に食べたいものがない、と感じることがないだろうか」と今の政治に対する基本的な感覚はそれとよく似ているとして政権交代は大きな選択だが、「これでないことだけは確かだ」という「否定的な感覚」がベースになっているという。当を得た分析ではないだろうか。 さらに資本主義とは別の生産・交換システムの問題も考える時にきているという。
 また松原氏は構造改革はどこへいってもお金を使わなければいけない社会にしてしまった。もっと経済以外の価値を重視しなけれはいけない。人間関係や友情を大切にし、酒を飲んだり、公園の景色を眺めたりしながら、どんな働き方がよいのか考える必要があるとする。
 抽象的な結論だが、経済のグローバル化による格差社会が日本人の本来持っていた自己研鑽や他者への思いやりなどの良い特性が忘れられてしまったままなので、これを打破して心の豊かさを目指すような社会を作るのがわが国の進むべき方向だと思う。それを実現できる政党は…。

2009年8月19日水曜日

横山秀夫「深追い」(実業之日本社)

 表題作のほか、「又聞き」「引き継ぎ」「訳あり」「締め出し」「仕返し」「人ごと」の短篇集。すべて三ツ鐘暑を舞台にした7つのミステリー。作者は12年間新聞社で記者生活をしていたので、サツ回りを経験したのであろう、とにかく警察組織、その内部の人間関係などの描写は鋭い。「半落ち」で直木賞候補になりながら、いちゃもんをつけられ落選、その後いちゃもんの内容についてかなりの論争があったことをご存知の方も多いだろう。
 わたしはミステリーはあまり読まないが、先日「クライマーズ・ハイ」をTVで観てから興味がわいた。人物描写は松本清張ばりに周到で読む者の気をそらさない。新潮文庫版もある。続いて「震度0」を読み出した。

2009年8月18日火曜日

畑へ。

 3時半に目が覚めたのでそのまま畑へでかけたが、いくらなんでも早すぎたので着いても真っ暗、1時間あまり車の中で過ごすことになった。早朝の空気は涼しく、キュウリの支柱を取り外す作業は、汗もかかずに終わった。枯れかけた枝に最後の力を振り絞って実をつけている姿を見ると植物の生命力に感動すら覚える。しかしそれが雑草となると話は別だ。1週間ほど畑に来なかっただけで、収穫後の畑一面雑草におおわれていた。これは出勤前の仕事として一人ではとても無理だ。ダイコンの種を蒔く前に大仕事になりそうだ。
 ところで畑に着いた時、東の空の見事な三日月をケータイで撮ったが、点にしかなっていないので、ネットで月齢を調べたらこうなっていたが、これより左に30度ほど傾いていた。

2009年8月17日月曜日

全員集合

 昨夜は新潟市へ帰省していたカミさんが戻り、5人全員で夕食となった。若い頃はともかく親が年老いてくると遠く離れて暮らすのはなにかと心配になるものだ。しかし新潟の甥や姪は結婚してそれぞれ家族が増えてにぎやかになったし、千葉に住む弟の娘にも子どもが生まれたというのに、我が家は今年も何の気配もなく静かにお盆が過ぎた。上の娘は子どもが嫌いとかで、いとこの子どもを「二頭身のお地蔵さんみたいやった」という始末。まだまだ先は長いようだ。

2009年8月16日日曜日

加藤周一「常識と非常識」かもがわ出版

 I:私たちの希望はどこにあるか、決断が個人をつくる、『私にとっての二〇世紀』余聞
幕間に:なぜ同時多発的反戦デモか/現在は解釈改憲の第二の分岐点
II:憲法・文化・教育
III:日本文化―現在から過去へ、中原中也と高田博厚、永遠の現在と日本人
幕間に:人間と「まち」/富永仲基ふたたび
日本語の未来と多言語主義
立命館大学最終講義:京都千年、または二分法 の体系について
語り残したこと
からなり、2000年に出版した「私にとっての20世紀」から3年後の出版なので、内容はかなりオーバーラップするが、同じことを繰り返し氏が語っていることは重要なことだという意味で再確認の助けとなる。
 このなかでマスメディアに対する批判はかなり厳しい。とくにTVに対しては「愚劣と言っても程度問題だが、抜群に愚劣だ、TVの前では突如として白痴的になってしまう」と手厳しいが、政治的問題から目をそらせる役目を果たしているとしかいえないマスメディアの現状にはまったく同感だ。
 最後に語り残したこととして「読む」ことについての私的感想四つ、1.なぜ読むか:職業的理由と非職業的理由、2.何を読むか:なるべく薄い本、なるべく安い本、おもしろい本、必ずしも易しい本をもとめない。3.古典の効用、4.黙読について:漢字表記の本は概念を理解することができる。を挙げて、読書にいざなうサービスも忘れていない。YouTubeで東大での講演の模様を見ることができるが、問題点を理路整然と分かりやすく説明する独特の語り口はいつまでも印象に残るものだ。

2009年8月15日土曜日

加藤周一「私にとっての20世紀」岩波書店

 目次は第一部 いま、ここにある危機、第二部 戦前・戦後 その連続と断絶、第三部 社会主義 冷戦のかなたへ、第四部 言葉・ナショナリズム、からなり、20世紀は戦争の世紀だった。トロイ戦争から19世紀の終わりまで何千年の間に戦争で死んだ人の数と、20世紀の百年間に戦争で死んだ人の数は拮抗するのでないか。それには当然氏の学生時代の親友の死も含まれていて、友人を殺す理由、殺しを正当化するような理由をそう簡単に見つけることはできない。ここが氏の出発点で、世界や日本が辿ってきた道を直接の見聞や経験に基づくものだけを基準にしているのは自然科学者のなせるワザか。そう考えると第四部にある本居宣長に関して主観でものをいう小林秀雄との確執が理解できる。
 第二部にある「知的好奇心について」の項で自分の周りで起こっていること、それからそれを超えて、歴史の中で、社会的、政治的な現象を理解したいという欲求で、レヴィ=ストロース(フランスの社会人類学者)の「環境を知りたいという本能が人間の根源的な本能だ」という説に賛成を示し「理解可能になるのは、そこにある秩序を発見した時」つまり最初のデータが持っている混乱状態の中に秩序を発見すること。そして「その秩序を理解してから行動をとるときには、状況に対して行動する」ことだと説く。ごもっともなご意見だが、わたしのような無芸大飲の輩が本を読む理由もこの辺にあるといいのだが。この本はこれからも読み返すことになりそうなので文庫版を注文した。

2009年8月14日金曜日

泉野図書館へ。

 お盆は店がヒマなので、本でも読みながら店番をしようと10時過ぎに図書館へ行ったが、夏休みのせいか駐車場が一杯で待たされた。今日の目的は、石川淳が永井荷風の追悼で「老境に達して目も当てられぬほど堕落した。その怠慢が残念でならない」と酷評したとなにかの記事で読んで興味がわき、今までなぜか読んだことのない石川淳の作品を読むことだった。地下の文学全集のところへ直行し、最初は芥川賞をとった「普賢」からと探したが老眼鏡を忘れたのでタイトルが読めない。しかも分厚い全集が16冊もあり、気後れしてしまった。断念して一階に戻り、この前読んだ伊坂幸太郎「終末のフール」が不完全燃焼だったので、他の作品を探したがすべて貸し出し中。ならばと先日観た「クライマーズ・ハイ」が面白かったのでカミさんにケータイで著者の名前を確認し、横山秀夫「震度0」「深追い」の2冊を選んだ。だがこれだけだとアカデミックさに欠けるので、加藤周一講演集「私にとっての20世紀」「常識と非常識」を追加した。重ねると4冊の厚さは10cm以上。さっそく読み始めたが、短篇集「深追い」7作のうち3作、そして「私にとっての20世紀」はもうすぐ読み終える。

2009年8月13日木曜日

「讃岐釜揚げうどん」 丸亀製麵


 中央郵便局から100メートルほど元車交差点に向かっていくと同じ側に派手な看板があるのですぐにわかる。国産小麦粉(北海道)を使った讃岐うどんのチェーン店だ。わたしは3回目だが、行ってみたいというA君とT君を誘い、昼は超満員なので2時前に入った。岡山大学を出て丸亀に勤務したことのあるM君から「うどんは絶対釜揚げやぞ」いわれていたので「釜揚げ大」(1.5玉、380円)にしようと思っていたが、3人なので「釜揚げ 家族うどん」(6玉)にトライした。これで1,200円は非常に安い。赤ちゃんが行水できそうな大きさのタライに入ったうどんを辛めの熱いダシに薬味のショウガ、ネギ、すりおろしゴマを入れて食べるわけだが、これくらいなら2人でも食べられそうだ。ネギが高い時期に薬味は使い放題というのもうれしい。金沢、小松、羽咋とまだ3店だが、さらに出店を加速するようなので、出店に先行していた「はなまるうどん」にとって驚異となるだろう。讃岐うどんチェーン店の戦争勃発というところか。歯がなくても食べられそうな金沢のフニャフニャうどんは生き残ることが出来るのだろうか。


 

2009年8月12日水曜日

日本海軍 400時間の証言 第3回(最終回)

 東京裁判で戦争指導者として文官1人(広田弘毅)、陸軍関係者(東條英機ら)6人が絞首刑となったが、海軍関係者の被告は終身刑どまりでその後釈放された。その理由は海軍が解体された直後に出来た組織「第二復員省」で軍令部の参謀が裁判対策を担い、戦争責任に海軍の中枢にいたものを除外するために徹底した対策を講じていたことが明らかにされていたが、ここまでくると今、問題となっている社会保険庁の証拠隠滅行為となんら変わりはない。
 これが近代国家建設に一丸となり「坂の上の雲」で、かの秋山真之を育てた海軍兵学校のなれの果てと思うと残念で仕方がない。
 しかし「海軍反省会」の記録をとり、今日公開したことで歴史的教訓の価値ありとして酌量の余地はあるかも知れないが、これほどひどいとは思わなかった。
 ちなみに「反省会」とはワシらの間では「飲み会」のことをいう。

2009年8月11日火曜日

最後の赤紙配達人~悲劇の召集令状64年目の真実~

 今朝この番組に関する資料を調べると、去年NHKで「こうして村人は戦場へ行った~滋賀県旧大郷村 徴兵記録~」のタイトルで滋賀県で太平洋戦争の徴兵に関する資料が発見され、兵事係だった古老が軍の資料の焼却命令に背き、自宅で密かに保管していた事実を映像と証言を織り交ぜ、200人もの戦死者を出した村人がいかに戦場へ送られたかを明らかにした番組を元に制作されたものだろうか。現在104歳の当事者、西邑さんの姿が印象的だった。
 そのあと録画していたNHKスペシャル日本海軍400時間の証言第2回「特攻やましき沈黙」を観た。テープには「神風特別攻撃隊」の1年以上前から『軍令部』が組織的に計画し、回天などの特攻兵器を作り続けてきたことが明らかになったが、その責任問題となるとかなり問題があった。これでは死んでいった方たちも浮かばれないだろう。今晩はいよいよ最終回となる。

2009年8月10日月曜日

「クライマーズ・ハイ」ほか

 土曜日は夕食後時間つぶしに一人で「クライマーズ・ハイ」を観たが、あまりの面白さに引きずり込まれてしまった。真実の報道に走り回る記者と己の置かれた組織の体面を重視する新聞社の幹部との対立。
 日曜日は「官僚たちの夏」における足の引っ張り合い、同じ時間にあり録画を忘れていて最後しか観ることが出来なかったが、NHKスペシャル「海軍400時間の証言発見」での将校の告白に対するせせら笑いの混じる録音は昔から陸軍は海軍より能力、教養において劣るのに戦争を推進したと聞かされてきたが、実際は両方とも同じだったということを知らされ、考えさせられるものがあった。
 日本と西欧の契約概念の決定的な違い、原罪意識が欠如した日本人の精神構造を指摘している山本七平「日本人と組織」「日本はなぜ敗れるか」の現実がそこにあった。

2009年8月9日日曜日

プッチーニ「ラ・ボエーム」

 注文していた魅惑のオペラシリーズ15巻「ラ・ボエーム」DVD&BOOK(小学館)が届いた。1982年コヴェント・ガーデン王立歌劇場(英)でランベルト・ガルデッリ(1915-1998)指揮のライヴで、ミミ(S)役はイレアナ・コトルバス(ルーマニア、1939-)、ロドルフォ(T)役はニール・シコフ(米、1949-)。
 19世紀初頭カルチェ・ラタンの屋根裏部屋に住む貧しい詩人とお針子の悲しい恋の物語のあらすじはネットでも簡単に検索できるので省くが、少し前に1969年ローマ・スタジオでのライヴ録音のトーマス・シッパーズ指揮、ローマ管弦楽団、ミミ(ミレッラ・フレーニ)、 ロドルフォ(パヴァロッティ)をCDで聴いたが、DVDは登場人物の表情、衣裳、舞台装置、しかも字幕付きを選択できるので映画を観るように引きこまれあっと言う間の117分だった。
 イレアナ・コトルバスのエピソードとして、1975年1月7日のミラノ・スカラ座において上記ミレッラ・フレーニの代役としてミミを歌ったそうだが、彼女はイギリスのケントにある自宅で急遽出演要請を受けると、直ちにミラノまで空路駆けつけ、幕が開く15分前にぎりぎり到着した。公演は成功で、彼女の歌唱は批評家からも聴衆からも絶賛されたとあった(ウィキペディア)。病気で亡くなるミミ役はもう少し細めの方がいいと思ったが、この話を知ったからには問題にはしない。 残念ながら同時に頼んだ「トゥーランドット」は品切れで入手できなかった。
 

2009年8月8日土曜日

ナスの更新剪定終了。

 これまでも8月上旬になるとナスの枝を半分くらい切り、シャベルで根を切って秋ナス用に準備していたが、NHK教育「やさいの時間」を観て、枝のカットはもっと大胆に花が咲いていても構わないとわかった。まさに一目瞭然だった。根を切ったところに化成肥料をやり作業完了。残りの枝豆全部と、トマト、ピーマンを収穫し、ポツポツと雨が来だしたので仕事に戻ると突然の大雨、天気をみながら畑作業できる環境に感謝だが間一髪だった。
 今朝起きるとお尻の痛みはかなり消失した。年齢の割には骨が丈夫だし、回復も早いようだ。

2009年8月7日金曜日

見事なあおたん。

 今朝シャワーを浴びて尻をみると10cmほどのあおたんが出来ていた。痛みは少し和らいだが、勘助状態が続いている。心配していた骨には異常ないようで助かった。わたしくらいの年齢になると、イヤなことは避けて自分の好きなことだけすることも可能だが、目標を立てて自分の限界にトライする根性は大切だ。山というのは不思議なもので、調子が悪くはね返されて口惜しい思いをしても次は頑張るぞという気持ちがムラムラといやメラメラとわいてくる。といっても本当は下りた後の温泉と反省会がなによりも楽しい。T君とM君は槍ヶ岳へ出発した。

2009年8月6日木曜日

痛みはそのまま。

 朝起きても尻の痛みがとれない。靴下も、ズボンもカミさんの助けがないと一人では出来なかった。今朝、早川先生のブログをみると2年ぶりの白山で剱君は先生のハイペースに合わせて歩いたので何度も嘔吐したと書かれていた。しかしさすがの根性だ。中飯場で敗退したわたしとはわけが違う。実は昨日は釈迦新道から登ることも考えていたが、全員今年初めての山だったので、ペースが上がらず苦労したのでやはり砂防新道往復で正解だったようだ。今までなら2時間チョットで室堂までいくA君は3時間半かかり、下りも2時間かかった。皆、体力の落ち方にショックを受けていたようだ。

2009年8月5日水曜日

滑って転んで大分県


 水曜日は別当出合まで車で入れるので駐車場は満車。8時にスタートしたが歩き出してから15分ほどたったときに濡れた岩でスリップし転倒。すぐ後にA君がいたので、大事にいたらなかったが、左の尻を強打した。なんとか中飯場までいったが、これでは仲間に迷惑をかけるのでここで休んで、一人で下山することにした。A君は一緒に下りるといったが、体は大丈夫だから登ってこいと待ち合わせの時間を確認して別れた。ベンチで横になっていたが、結局1時間半も休んでしまった。剱君を先頭にグリーンのウエアを着た早川先生が9時半ころ下山していったが、文字通り草葉の陰でお見送りする状態だった。去年転倒した石段のある場所は今年も通行禁止になっていた(写真)。転倒するのは足腰が弱って支えきれないからで基礎体力が落ちているのを自覚することになった。

2009年8月4日火曜日

リブロ金沢店閉店

 2004年にリファーレ1F・2Fにオープンしたリブロ金沢店が7月一杯で閉店した。先日、音楽堂でコンサートがあったとき、少し早めに出かけて店内を見て回った。最後なのでなにか買おうと思っていたが、2Fのフロアはあちこちで返品作業が進んでいて、棚の本も補充されていないので、ガラガラになっており、結局買うのを諦めた。
 洋書や、専門書、音楽や美術の本もたくさんあり、レイアウトや品揃えは郊外店とはひと味違う大人の店だった。あまり売れないものでもキチンと揃えてあることに書店のポリシーを感じたものだ。ただ場所が金沢駅から中途半端な距離にあることや、駐車料金を払って本を買う習慣がないせいもあるが、撤退となると寂しいものを感じる。 金沢でもっとも本屋らしい本屋だった。
 長い梅雨が明けた。明日はA,T,T,Mの4人で白山の予定。早川先生も剣君と行くようだが、ワシらは8時頃から登るので会えないかも知れない。

2009年8月3日月曜日

ちなみに11位以下を記す。( )は点数

 土井たか子(9)、安倍晋三(5)、松沢成文(5)、麻生太郎(5)、綿貫民輔(4)、鳩山由紀夫(3)、橋下徹(3)、田中真紀子(3)、中川秀直(3)、菅義偉(3)、細川護煕(2)、福島みずほ(2)、田中康夫(2)、甘利明(2)、渡辺喜美(1)、山本有二(1)、山崎拓(1)、辻元清美(1)、小宮山洋子(1)、太田明宏(1)となっている。
 アンケートは記名式で巻末に回答者が選考理由を明らかにしている。それぞれ外交・防衛、靖国問題、経済問題、対米追従などと論点を絞って選考している。回答者は右から左までいろんな政治的・思想的立場の方を揃えているが、小林よしのりが中道のポジションをキープしているところが面白い。
 しかしこういう風に書かれたところで当のご本人たちはカエルの面になんとかだろう。

2009年8月2日日曜日

「日本を貶めた10人の売国政治家」小林よしのり(幻冬舎新書)

 20人の学者や言論人へアンケートを実施し、存命中の政治家のうちで売国奴を5人挙げて、1位、5点から5位を1点とし集計したもの。結果は1位:河野洋平(単なる談話で日本を「性犯罪国家」に貶めた、52点)、2位:村山富市(万死に値する「国民見殺し」「自国冒涜」の罪、45点)、3位:小泉純一郎(「改革」で日本の富と生命を米国に差し出した、36点)、4位:小沢一郎(「ねじれ現象」を生んだ無節操な国賊、29点)、5位:中曽根康弘(靖国問題をこじらせた元凶、22点)、6位:野中広務(自虐外交の嚆矢となった「不戦決議」、16点)、7位:竹中平蔵(日本国を構造破壊し共和制に導く経済マフィア、12点)、8位:福田康夫(無為、無内容、無感情、11点)、9位:森喜朗(保守を絶滅に追い込んだ背後霊、10点)、9位:加藤紘一(戦後レジームの滑稽なゾンビ、10点)となっている。
 1位は小物過ぎるので意外な気もするが、集計システムの定義で仕方がないが、わたしは1位は中曽根康弘と小泉純一郎を同順位とする。「厚顔無恥の売国奴」とはこのかたたちのことをいう。
 われらが地元の大先生のお名前もでているので、勝谷誠彦氏の評価を一部紹介する。「談合で利権を配分し、寝業と嘘と誤魔化しで、権力をカネに変えることだけに汲々とする、そのシステムを見事につくりあげた」「馬鹿みたいな人物が首相になったことはあったが、正真正銘の馬鹿が総理の座に座ったのはこの男がはじめてだろう」「かかる人物がまだキングメーカー面をして中枢に居座っていることで、自民党は保守陣営としては死んだ」。
 また大本営発表を鵜呑みにし、 国民に真実を知らせず、こういう国賊どもをのさばらせてきたマスコミも厳しく断罪されるべきだろう。 

2009年8月1日土曜日

涼しい葉月入り

 涼しい夜が続き寝苦しくなく助かるが、長雨と冷夏で野菜の値段が高騰しているようだ。わが畑の作物はキュウリはほとんど枯れかかっているが、最後の力を振り絞って実をつけている。トマトは真っ赤に熟しているが雨が多いので甘さが強くない。ナスはそろそろ更新剪定の時期か。ピーマンは元気だが、今年も赤と黄色のパプリカの色が緑のまま、どこが悪いのか判らない。枝豆は種を一袋全部植えたので密集してしまい実入りがイマイチだがとれたてはやはり格別だ。そろそろカーッと照りつけるお日さんがほしいものだ。

2009年7月31日金曜日

「ケンミンショー」から「タビうた」

 ケンミンショーは毎回楽しみにしている番組だ。ワンパターンの構成がそろそろ鼻につきだしたが、まだまだ知らない地方の習慣があっておもしろい。とくに毎週必ずある「ヒミツのOSAKA」はネタが良く続くものだと感心する。
 そのあとはNHK「タビうた」で秋川雅史と夏川りみの二人が北海道・美瑛の広大な自然バックに共演していたが、夏川りみの声がまったく秋川に負けていなかった。しかし畑の中にマイクをセットして歌うのは違和感を覚えた。
 秋川雅史は美空ひばりのレパートリーを歌わせると非常にウマイ。今回は聴くことができなかったが、「リンゴ追分」「津軽のふるさと」「川の流れのように」などは最高の出来なので、是非津軽の自然をバックに歌って欲しいものだ。

2009年7月30日木曜日

NHK教育趣味悠々「田部井淳子の登山入門」が始まった。

 全10回の予定で高尾山、金時山、谷川岳、木曽駒、燕岳、そして最後は富士山に挑むそうだ。相方は口から生まれてきたようなルー大柴、 エベレストに女性世界初の登頂に成功した身長152cmの田部井さんが174cmのルー大柴の横に並ぶといかにも小さい。
 しかしなぜか登山家は小さい方が多い。植村直己(162)、 山野井泰史(165)、野口健(169)、 岩崎元郎に至っては147cmという具合だ。アマゾネスの時代なら崖から突き落とされる運命となったであろう。
 わたしは3、4年前、白山で「そこのアンちゃん、今何時け」といわれビックリしたことがあるが、 この番組のせいで山は元気な中高年がトゥギャザーし、あふれかえることになるに違いない。

2009年7月29日水曜日

「晋亮の呟き」における「剱岳 点の記」の考察について

 6月22日の小生のブログで映画「剱岳 点の記」の解説は山の師匠木村先生のブログにいつか取りあげられると思うと書いたが、先生のブログ「晋亮の呟き」で7月16日と27日の2回にわたって、論文ともいえそうな感想文が載った。
 16日の分には「付 木村監督の「剱岳 点の記」のBGMに対する拘り」として映画で使われた曲を順を追って書かれており、最後には「個々の音楽と場面の一致については、映画を観ながら、メモ用紙に暗がりで手元を見ずにメモしたこともあって、後での判読が実に困難で、多分そうでなかったかと想像して当てはめたものもあり、間違いがあるかも知れないことをお断りしておく」とあり、山登りだけでなくクラシックファンでもある先生ならではの内容だ。事実を徹底して精査し、真実を追究する自然科学者の魂の片鱗をを見せてくれた。
 2回のブログはこの映画に対する第一級の資料としての価値があるものに仕上がっている。

2009年7月28日火曜日

「終末のフール」伊坂幸太郎(集英社文庫)

 ある人から伊坂幸太郎が面白いですよと紹介され、とりあえず新聞広告に載っていた文庫を買った。内容は「あと3年で世界が終わるなら、何をしますか。8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡すると発表されて5年後、犯罪がはびこり、秩序は崩壊した混乱の中、仙台市北部の団地に住む人々は、いかにそれぞれの人生を送るのか? 」のテーマで短編が8つ続く。地球が滅亡すると知って、自殺したり、暴れたりしてある程度人間の行動の混乱が収まった後の小康状態のときに「死から生を理解する」との設定で話が進む。随所にうまい表現がありそこそこ面白いのだが、読者というよりテーマを企画した編集者へのサービス精神が見え隠れした。 こんなひねくれた感想は60年生きてきて、もうどうでもいいやと思っているわたしのようなものだからか。この作家の場合、最初に読む本ではなかったようだ。不完全燃焼に終わった。

2009年7月27日月曜日

ちょっと恥ずかしい話

 OEK定期公演は最初T君を誘ったが仕事で無理だったので、やはり用事があったカミさんを無理やり連れ出した。そのT君が「どうやった」と来店した。机の上のオペラの本を見つけられ音楽の話になった。中学の音楽で左に作曲家、右に作品名がそれぞれ5つほどあり、関係あるものを線で結ぶという試験の話になり、ハチャトリアン=剣の舞、ボロディン=ダッタン人の踊りなど聴いたことがあればすぐに思いつくが、そうでない場合は単に知識として暗記するしかないので、モーツァルト=フィガロの結婚、ロッシーニ=セビリアの理髪師、ワグナー=ニーベルングの指環、ウェーバー=魔弾の射手まで結んで、結果的に正解だが、最後にプッチーニ=トスカが残ったとのエピソードだった。横で聞いていたカミさんも大笑いしていたが彼が帰った後イヤな思い出がまた甦った。
 中学生のころ、TVで初めてドヴォルザークの「新世界より」を聴いて感動し、母親を連れて横安江町のキバヤシレコードへLPを買いにいった。「新世界より」でなく、「新世界全部」入ったものが欲しいと店員にくいさがったが、「これしかないのですが」と当惑気味な顔をされた。わたしは「新世界より」は「新世界」の一部だと思っていたのだ。従って買わずに帰ったわけだが、のちになってその原題が「From the New World」だと知って顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしたことがある。もうキバヤシレコードには行けず、ほかの店でLPを買ったことはいうまでもない。

2009年7月26日日曜日

探蕎会の会合のようだった。

 昨日の今シーズン最後OEK定期公演はカミさんとでかけたが、「やまぎし」で蕎麦をたべてほろ酔いで現れた木村先生はじめ、探蕎会の会員の方6人とお目にかかった。もっとも私以外は皆さんOEKの賛助会員、定期会員だ。そのなかで世話人の方が4名だったのでつい次回の後半行事の世話人会の話になり8月上旬と決まった。
 演奏曲はシューベルト「交響曲第5番変ロ長調」、ショスターコヴィッチ「ピアノ協奏曲第1番ハ短調」、ハイドン「協奏交響曲変ロ長調」の3曲。席はS席ながら1階の後のほうだったが、シューベルトの途中で早くもコックリする人がいて、頭の動きが気になり、またピアノ協奏曲の楽章の間に、大きな古時計のケータイの着信音が聞こえ、ピアノの市野あゆみさんが思わすその方向をみたほどで、マナーに問題があった。
 7月はこれでコンサート2回、オペラ1回と愉しむことができ、夕食後もプッチーニ「ラ・ボエーム」をiPodで聴いた。しばらくはクラシック漬けになりそうだ。

2009年7月25日土曜日

オペラにどっぷり

 オペラといった途端に、懇意にしていただいている先生が「新潮オペラCDブック」をドサッと貸してくれた。 オペラを愉しむには予備知識が必須で、 自分でも入門書を読んでいるところだが、詳しくなるとより愉しみが増す。借りた本の巻頭に監修者の永竹由幸氏の「オペラと歌舞伎ーそれは道楽の極みである。人間の余剰なエネルギーは権力闘争に向かえば戦争となる。かといって、快楽のみに向かうと退廃となる。だが、その際の官能的欲求をを美的に浄化させていくと、その先に素晴らしいものが待っている。それが日本では歌舞伎となり、ヨーロッパではオペラとなった」とある。けだし名言である。
 わたしはまだまだ道楽を愉しむほど、精神的にも経済的にも余裕がないし、オペラはハマルとヤバそうなので敬遠していたが、このところiPodでオペラばかり聴いている。さらにその先生から都合で行けなくなったとかで、今日のOEK定期公演のチケットまでいただいた。
 本、音楽、酒、料理、山など大脳をグリグリ刺激して知的好奇心に揺さぶりをかけてくれるかたが多いので幸せものである。

2009年7月24日金曜日

画集「稜線の風の如く 犬塚勉」届く。

 彼の絵を日曜美術館で観て息が止まるほど感動したが、作者の犬塚勉の情報が余りにも少ないので画集を注文したのだが、収録作品の「林の方へ」「縦走路」「梅雨の晴れ間」「午後の林」「山の暮らし」「縞リスの食卓」「ブナの森からⅡ」「二本のブナの木」「暗く深き渓谷の入口Ⅰ」「暗く深き渓谷の入口Ⅱ」 「ひぐらしの鳴く」(表紙) はもちろんだが、彼の制作ノート、没後20年展のギャラリートークなど作者のプロフィールを知って、理解の助けにしようと思った。
 わたしと同じ1949年生まれ、学生運動が吹き荒れ、大学では芸術においても既存の手法や解釈を否定する風潮の中で、なぜその後このようなリアリズムの作品を描いたのか興味があった。読んでみると絶筆となった「暗く深き渓谷の入り口1」(7/14参照)の制作ノートにある「人が自然を愛し、自然に強くひかれる究極的な要素を、絵画の力で表現。「風景画」ではない、自然と、私の心ととけ合うところ」中略「本当の場所以上に美しく絵としてまとめあげることが可能であるとしても、しょせん本物にはかなわない。もっと強烈に私自身にかかわる、深い思いが絵にあってもよい」いう言葉で彼の絵から受ける草木1本から何ともいえない生命力が伝わってくるのがわかるような気がした。
 彼の作品は奥様の意向で販売されないようだが、売れないものを展示する画商や無名の画家の作品を展示する美術館の心意気もたいしたものだ。早速「縦走路」を額装し、机の前に飾った。

2009年7月23日木曜日

46年ぶりの皆既日食に思う。その2

 今朝の読売に46年前の日食の際、毛利さんは余市高校1年(のち北大理学部)だったが、当日は体育祭で、学校を休むことを先生は許してくれない。さぼって網走に行き、日食を見た。のちに眠りの中に、何度も真珠色のコロナが現れたということが紹介されていた。
 そういえば当時の高校の先生は自由気ままを許し、余程の事がない限り怒ったりせず目をつむってくれていたような気がする。それに増長して、好き勝手をやっていたものと、一生を左右するような出来事をずっと胸に秘めていたものとの違いがある。真面目で決して学校を休むことなどないような毛利さんなので正直驚いた。
 決意とその持続がいかに大切かは勉強のみならず、人生のあらゆるところで試されるものだが、多感な中学高校生のころに強烈な経験をすることはとても大事だ。

2009年7月22日水曜日

46年ぶりの皆既日食に思う。

 今朝のめざましテレビで屋久島から宇宙飛行士の毛利さんが46年前の高校生の時に皆既日食をみて科学者になる決意をしたと語っていた。調べるとあのときは北海道の一部でみられたようだ。わたしは14歳で中学生だったが、まったく記憶がない。日食の記憶は小学生の時、校庭でスリガラスにススを塗ったもので空を見上げたことを覚えている。そのあと天文クラブに入ったので、やはり影響を受けていたのかも知れない。5年生か6年生の時、宇宙博(人類初の宇宙飛行士ガガーリン少佐を記念するものだったような気がする)を見学し、クイズに全問正解し、分厚い宇宙博の記録本をもらった記憶がある。かたや夢叶って宇宙飛行士、こなた夢破れてしがない本屋、結果はずいぶん違ったものになった。

2009年7月21日火曜日

「TURANDOT」残念編

 オペラはCDで聴いていても情景が解らないと感動はイマイチだが、DVDなら楽しめる。そこて市内で一番大きなTUTAYAへいってレンタル作品があるかチェックしに行った。残念ながらDVDは「3テノール」だけ、しかしこれはCDでもっている。CDはサバータ指揮、ミラノ・スカラ座管弦楽団のプッチーニ「トスカ」マリア・カラス(フローリア・トスカ)、カール・ベーム指揮、ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団のモーツァルト「フィガロの結婚」フィッシャー-ディスカウ(アルマヴィーヴァ伯爵)、クライバー指揮、バイエルン国立管弦楽団のヴェルディ「椿姫」イレアーナ・コルトバス(ヴィオレッタ・ヴァレリー)、ドミンゴ(アルフレート・ジェルモン)の3作(すべて全曲)しかなかった。どれも有名な作品で部分的には聴いたことがあるが全曲はない。全部ピックアップし、レジへいくともう一作借りると一週間で千円ですといわれ、やけに薄いなと思ったが「TURANDOT」があったので追加した。帰ってiTunesにインストールすると、「TURANDOT」がどうもおかしい、ジャケットをみると小さく「フィギュア・スケート・ミュージック」とあった。やられた。これは分類からいえばオムニバスの場所に置くべきやろ。

2009年7月20日月曜日

歴史に残る試合だった。 (全英オープン最終日)

 何かが起こりそうな予感でTVにかじりついた方が多かったのではないだろうか。59歳のワトソンが130数年ぶりにメジャー最年長優勝記録を10歳以上短縮する瞬間をみるために。
 そしてそれは18番2ndショットまではほぼ間違いないと思われた。しかし結果はボギーとなり、プレーオフで36歳のシンクに敗れた。
 敗れたワトソンの表情は涙が浮かんでいたように見えたが、神様の思し召しとの運命を受け入れていたようでもあった。時計は午前3時半を過ぎていた。

2009年7月19日日曜日

TURANDOT@金沢歌劇座

 オペラはCDで聴く場合はエッセンスだけでトゥーランドットの場合、Nessun dormaはパヴァロッティやドミンゴは何回も聴いているがオペラで三幕全部は初めて。演出が狂言の茂山千之丞なので能・狂言・歌舞伎の衣裳や動きを駆使していたが、デーモン小暮のようなメークをしたトゥーランドット姫(マリアナ・ツヴェトコヴァ)、呉服屋の若旦那のような羽織を着たカラフ(アレクサンドル・パディア。 声の艶や伸びはイマイチだがよかった)、散髪屋のマークのような衣裳のピン・パン( 萩原潤のバリトンはよかった)・ポンは意欲的だが賛否は分かれるだろう。
 写真のプログラムの書は斉藤女史が自分が書いたものですと開演前にいつもの着物姿でわたしの席まできて説明された。確かに舞台の左右に置かれた「会別氷火妖金愛死」の文字はストーリーの理解の助けになっていた。席はオーケストラピットから3列目でスゴイ迫力。
 王子カラフへの想いを寄せる召使リュー役の小林沙羅は清楚なスタイルと自然なメーキャップでイメージ通り、愛を貫くため衛兵の剣を奪い取って自刃するシーンでは感極まり、一つ隣の若者が泣いていた。目の前のハープ奏者も肩が震えていた。
 歌劇座は狭いので大道具は階段だけ、電光掲示板のような字幕は興ざめだったが、そんなことを忘れさせるほどの感動だった。

2009年7月18日土曜日

眠テエ

 夕食後、11時10分からの全英オープン、2日目をみる予定で、それまで新聞の番組欄で小間井藍子の「人生で大切なことはすべて、鬼平が教えてくれた。そんな気がしないでもない」の案内になるほどと思い、久しぶりに「鬼平犯科帳スペシャル」を観た。おかげで7時に帰宅してから「NHKニュース」、「ナビゲーション」、「ぴったんこカン・カン」、ここからは一人で「鬼平犯科帳」、「全英オープン」と続けてTV三昧。雨が降り出し、石川遼がスコアを1つ落とし-1になったところで睡魔に負けた。
 今朝予選ラウンドを一緒に回ったタイガーウッズともに予選落ちしたことを知って驚いたが、わたしと同じ年で名門スタンフォード大学出身のトムワトソンが首位で予選通過したことの方が感動した。気品のある表情、オーバースイング気味のコンパクトなフォームも昔のままだった。

2009年7月17日金曜日

シルバー会員の皆さま

 還暦を過ぎたせいなのか最近この手のメルマガが届くようになった。人を年寄り扱いしやがってと反発し、読まずにゴミ箱へ直行というケースが多いが、たまたま昨日は慈悲深い精神状態だったので目を通してみると、これまでに買ったソフトの数、金額によって「シルバー会員」「ゴールド会員」「プラチナ会員」となると書いてあった。ちなみに「シルバー」はウィキペディアでは『老年世代のこと。頭が白髪(シルバー)になることから連想される。ただし和製英語で、語源は日本の鉄道における「シルバーシート」から』とあった。
 意味はわかるが、シルバーばかりでなくハゲの場合もあるし、シルバーandハゲの場合もあるのにと、散髪して夏向きにかなり短くしてもらったら、エッこんなにハゲてた?と少しビックリしたので、そのことが頭に残っていたのかも知れない。
 さらに最近は使われなくなったのか「ロマンスグレー」はウィキペディアではこうなっていた。『ロマンス・グレーとは中年~初老男性の白髪混じりを指す。完全な白髪ではなくあくまで半分以上は黒髪がありつつも白髪が目立つ状態であり、日本では白髪混じりの初老紳士を指すことが多い。最初にロマンス・グレーという言葉が登場したのは作家の飯沢匡の同名小説(昭和29年発刊)の中で採り上げた和製英語からだという。で一般的に定着したきっかけは1955年のアメリカ映画「旅情」で主演したロッサノ・ブラティのロマンス・グレーで女性の人気に火が付き、以後主に経済力も包容力もある魅力的な白髪混じりの男性を指すようになったという』。
 ならば経済力も包容力もないハゲはなんというのだろう。

2009年7月16日木曜日

枝豆初収穫

 校正が終了したので3日ぶりに畑へ。失礼しました型のキュウリ、完熟したトマト、ナス、インゲンと枝豆を収穫した。枝豆はさっそく夕食で第3のビールのツマミにでてきたが、とれたての枝豆のサヤは鮮やかな緑でとても甘い。枝豆をよく食べる新潟では朝昼晩と山盛りになって出てくるが、今年は一杯種を蒔いたので同じことになりそうだ。枝豆はパンパンにサヤがふくらんだものより、チョット手前のものが甘さが強いがなによりとれたてが一番だ。
 さて次は並行して進めてきた「IgG4関連疾患モノグラフ」第2章の校正にとりかかる。この疾患はようやく研究会が発足し、疾患の定義がされたばかりで、まだ論文の段階だが、日本が一歩リードしており、発行されれば「日本発、世界初」のモノグラフになるだろう。

2009年7月15日水曜日

「生命への鍵 ステロイド」校了

 ようやく印刷に回った。第1回目の校正は去年の9月で11月の発行予定だったが、内容の見直しを徹底するため、時間をかけていたら10か月かかり、校正が12校までになった。名誉教授1名と教授2名の執筆といっても、主たる著者は名誉教授なのでほかの教授はご自身の専門領域、ならびに編集補助という役割だった。なかに生化学を専門としている基礎学者が1名参加されているが、校正の仕方は用語の選定から文献のチェックまでおよび、多才な能力に唖然とするばかりだった。世の中には本当に頭のいい人がいるということを知らされた。
 そして昨夜10時からはNHKドキュメンタリー「あと数か月の日々を…宇宙の謎に挑んだ物理学者がんと闘う 迫る死への恐れと向き合う命の記録」で、前にこのブログでも書いたノーベル賞受賞を期待されながら直腸癌のため66歳で逝去された戸塚洋二先生の番組を観た。はじめて奥様や息子さんの姿を拝見して感慨はひとしおだった。

2009年7月14日火曜日

犬塚勉 その2

 さらにネットで犬塚勉を検索してみた。やはり「日曜美術館」での放送の影響が大きいようだ。展覧会は現在、奥多摩総合開発「せせらぎの里美術館」で6月2日~8月30日まで開かれているようだが、長野県東御市梅野記念絵画館で10月17日〜11月15日に開かれる予定なので、ここへはぜひいってみたいが、待ちきれずに「多くの皆様からのご要望にお応えして、新しい画集「稜線の風の如く 犬塚勉」を1000部限定で刊行しました。」とあったのですぐに申し込んだ。以下はスーパーリアリズムとされる代表作の「梅雨の晴れ間」「縦走路」と絶筆となった「暗く深き渓谷の入口」。
 すぐに画集を注文したのに先ほど「ご注文ありがとうございます。大変多くの方々からご注文を頂き、現在在庫がない状況です。増刷を進めておりますが、印刷の完了が7月末頃の予定で、発送出来るのはそれ以降になってしまいます」とメールが届いた。TVの影響力は絶大だ。



 

 

2009年7月13日月曜日

NHK教育「日曜美術館」 画家犬塚勉(1949-1988)

 日曜日の仕事は6時までなので、夕食は7時ころになる。娘たちがいると食後のチャンネルを奪われるが8時半ころに帰るとのことだったので、番組欄をみて8時からの「日曜美術館」(再放送)「犬塚勉、登山で心身を鍛えて命の息吹すべて表現しようとした画家38歳で遭難」に興味を惹かれた。まったく名前を知らない画家で生まれはわたしと同じ。美術教師をしながら自然の風景を驚くほどの写実で描く作品に見入ってしまった。最後は「水が描けない、もう一度水を見てくる」と言い残して谷川岳で遭難したそうだ。
 皮肉にもそのあと9時からの番組「官僚たちの夏」は高度成長期を迎えようとしていたころの日本の話。その後の80年代のバブルで浮かれていた時代に身体を鍛え抜いて真摯に自然と向き合って同化しようとした犬塚氏の姿に心打たれた。ぜひ本物の絵を観てみたい。

2009年7月12日日曜日

墓参り

 娘たちが今度は那須高原へ遊びにいっているので、年寄り3人だけで墓参り。いつもは日曜日にあたると渋滞で長時間待たされるので、朝6時にいけば駐車場が空いていると思いきやほぼ満車。午前9時頃から天気が崩れるとの予報のせいだろうか。家族連れの中には小中学生なども混じっており、かたいモンだと感心した。
 母親を家で降ろしてから畑へ。収穫と雑草取りで汗を流し、昨夜のアルコールをスッキリさせた。よって今日は医王山のトレーニングはなし。午後から仕事。

2009年7月11日土曜日

HT-03A発売

 ドコモからグーグルのAndroidケータイが発売になったが、ニュースもなく意外と静かなスタートだった。ドコモユーザーとしては関心があるがネットの情報をみるかぎり、まだ買う気にはならない。iPod touchをWi-Fi環境下で使っているので使いやすさは体験済みだし、スタートしてから1年間でダウンロード数の累計が1億本というAPP Store存在も大きく今のところAppleの勝ち。グーグルの開発者も「PCでできたことはケータイでできるようになる。インターネット検索の会社として、使いやすい検索を開発した」というが「iPhoneにあるような完成形ではない」とiPhoneの優位性を認めている。国内のメーカーもこれからAndroid OSのスマートフォンを開発するだろうから、これから見極めてからでも遅くはない。

2009年7月10日金曜日

犯人は?

 天気が悪いので3日ぶりに畑へ出かけたら、トマトとキュウリが何者かにかじられ、残骸が散乱していた。トマトはそろそろネットをかけて保護しようとしていた矢先だった。
 ナスに直径5cmほどの歯形がついたものがあったので鳥ではないようだ。トマトは完熟したものだけ、キュウリはちょうどよい大きさのものがかじられてる。動物は本能的に食べ頃を知っているのだろう。
 キュウリは3日もたつと「どうじゃ」というほど立派に反り返り、つい「どうも失礼しました」となってしまった。

2009年7月9日木曜日

探蕎会会報45号発行

 店内はエアコンが効いているが、梅雨時の湿気でプリンタの紙詰まりが頻発し、60部印刷するのに半日もかかった。校正に関しては寺田会長や木村先生が積極的に協力していただいているので、発行までの時間がかなり短縮されるのがありがたい。
 会の創始者の波田野会長と松原顧問の追悼号(42号、44号)を無事発行でき、わたしの役目も終わったと思っていたが、こんな半端者を一生懸命もり立ててくれる方の姿をみていると自分勝手なわがままは許されるものではないことを自覚した。
 コールマン博士の本を読み終えた。「資本主義崩壊の首謀者たち」を読んだのでこの本に興味があった。世界を動かす闇の政府の存在は想像できるが、極端になった格差社会、人間の感情を無視する手段はどこかで破綻するのではないだろうか。読んだ本は表紙をブログに載せているがこれは止めた。

2009年7月8日水曜日

雨はありがたいが。

 毎朝4時ころに目が覚めるが、雨の音が聞こえたので畑へ水やりに行かなくていいのでもう一度夢の中へもどる。しかしこういうときに限って7時ころまで寝てしまう。新聞を読み始めるが、2頁くらい読んだところで朝食が並んでしまい続きは食後ということになる。
 この雨ではジャガイモを早く収穫しておいて正解だった。お天道様の状態に合わせて畑仕事ができることはありがたい。ほぼ一日おきに畑へいっているが、今日はこの天気なのでどうなるか。
 T君から借りたジョン・コールマンの本を読み始めた。いろいろいわれている300人委員会の話だ。『イギリスに本部を置く影の世界政府の最高上層部とされる組織。300人委員会の根本思想は、イルミニズム、悪魔主義である。その超国家的組織は超選民主義の究極的な形態であり、その組織構成は、イルミナティ、悪魔主義者を頂点にした巨大なピラミッドである。論者によると、陰謀はイルミナティ他、様々な名称の団体によって遂行されていると言う』(ウィキペディアより)

2009年7月7日火曜日

ジャガイモ収穫終了

 今週は天気がよくない予報だったので、昨日晴れ間に残りのジャガイモを掘り起こした。10kgあった。今年は3畝で合計36.5kgの収穫(種イモは3kg)。ジャガイモはなにもしなくてもさほど収穫量や、病気を心配することはないが、問題はキュウリだ。昨日行くと大半が湿度が高い時(特に梅雨時など)に蔓延しやすい「べと病」に罹っていた。マルチをかけ、水はけ、風通しをよくしていたのに残念だが、無農薬で育てているので仕方がない。1週間で10kgと順調な収穫だったがこれからぐっと減りそうだ。ナスやインゲンは順調に育っている。トマト、枝豆はこれからだが、枝豆は欲をこいてたくさん種を蒔いたので密集して風通しが悪くなってしまった。
 恥ずかしいことにオクラと思って買った苗がツルなしインゲンだった。ホームセンターでだれかが、オクラの場所にインゲンの苗を置いたに違いない。しかし葉の形をみて違いに気づかなかった自分も情けない。植物オンチ(特に花の名前がわからない)のわたしとしては本領発揮というところか。

2009年7月6日月曜日

「富士山頂」と「官僚たちの夏」

 「富士山頂」は70年に 新田次郎の同名の原作(冨士山頂に気象レーダーを建設する話)を石原裕次郎が作り劇場公開されたものをTV初放送ということで期待してみたが、期待しすぎていたせいか落胆が大きく、裕次郎のあまりにも身体の線にフィットしすぎたワイシャツだけが印象に残った。裕次郎の23回忌の様子もニュースでみたが、石原プロというのはなにか勘違いしている団体のように思えた。
 昨夜は「官僚たちの夏」の第1回を観た。城山三郎の原作とはだいぶ違うストーリーだが、それはともかく「落日燃ゆ」の弘田弘毅役や今回の池田勇人役など、何をやっても「華麗なる一族」の万俵大介になってしまう北大路欣也は失笑ものだが、主演の風越信吾役の佐藤浩市はいい役者になってきた。「三丁目の夕日」と同じ昭和30年代の風俗はみていて懐かしい。

2009年7月5日日曜日

医王山2回目

 今朝はふたたびT君と医王山へリベンジ。先週は午後からで暑くて参ったので、5時40分に登山開始。先週と同じコースに挑んだが、よく足が動き白兀まで20分、合計で30分短縮できた。しかし地蔵峠から大沼までは朝露に濡れた草をかき分けて歩くので、ズボンはビショビショ、先頭を歩くと蜘蛛の巣も顔に絡みつくので大変だった。
 今日は母親は観劇、カミさんと娘たちはナゴヤドームへコルテオ(娘たちは3回目、カミさんは娘たちからのご招待)を見に出かけたので、山から戻っても誰もいない。汚れた靴やストックを洗い、洗濯物を出してから店へ。6時まで一人で仕事となるが、昨日でステロイドの歴史の本の最終校正が終了し、探蕎会会報のレイアウトも終わったので気分的に楽、のんびりできそうだ。

2009年7月4日土曜日

「楽譜 いかに書かないか」 高橋悠治

 2日のブログで植木屋の爺さんと書いた作曲家・ピアニストの高橋悠治氏が3日読売の文化欄に載っていた。水曜日にアートホールで行った公演を5日に築地の浜離宮朝日ホールで同じOEKのメンバー5人と演奏するらしい、しかもライブ録音されるようだ。記事にはHPの案内もあり、そのなかで氏は演奏者と共に音楽を作り上げるプロセスを重視するとかで、楽譜には必要最低限の音符と指示しか書かれていないそうだ。
 演奏した江原千絵さんからのお礼のメールの中で「高橋さんは本当に天才で、あの犀星の詩にあの響きを持たせ、あの朗読を重ねるというのは彼以外にはできなかったと思います」とあった。
 しかしテーマとなった犀星の「老いたるえびのうた」は勉強不足でわたしは初めてだった。

けふはえびのやうに悲しい
角《つの》やらひげやら
とげやら一杯生やしてゐるのが
どれが悲しがってゐるのか判らない。

ひげにたづねて見れば
おれではないといふ。
尖《とが》つたひげに聞いて見たら
わしでもないといふ。
それでは一体誰が悲しがつてゐるのか
誰に聞いてみても
さつぱり判らない。
生きてたたみを這《は》うてゐるえせえび一疋《いつぴき》。
からだぢゆうが悲しいのだ。

2009年7月3日金曜日

「私は彼の楽曲の中で育った。私のiPodには今も全曲入っている」

 産経新聞ネットニュースに載ったオバマ大統領のAP通信とのインタビューでマイケル・ジャクソンに対する追悼の言葉の一部だ。グーグルでは彼が亡くなった前後のアクセスが異常に多く、サイバーテロと勘違いしたほどだそうだ。ちなみにカミさんに訊くと高校生の時に「ベンのテーマ」のレコードをはじめて買ったそうだ。そのころ学生だったわたしが聴いていた曲で今もほぼ全曲iPodに入っているのはBee Gees、Simon & Garfunkel、The Beatles、The Carpentersあたりだ(iPodはアルファベット順にプレイリストが並ぶのでこの順番になる)。わたしはオバマ大統領の話の中でiPodがすでに携帯型デジタル音楽プレイヤーの代名詞として通用していることに驚いた。

2009年7月2日木曜日

かなざわ国際音楽祭2009 Part 2

 高橋悠治+オーケストラ・アンサンブル金沢メンバーによる室内楽『バッハ、シューベルトから高橋悠治へ』で、プログラムはシューベルト「ノットルノ変ホ長調」、ヴィラ・ロボス「ショーロ第5番ブラジルの魂」、ハイドン「ピアノ三重奏曲第37番ニ短調」、高橋悠治「老いたるえびのうた」(新作初演 犀星生誕120周年のために)、バッハ「クラヴィーア協奏曲第1番ニ短調」。最後の曲ぐらいは一度聴いたことがあるかも(結局なかった)で、お誘いを受けたときは正直迷った。しかしワイン一杯サービスとパンフレットにあったので、酒につられて出かけた次第。OEKのメンバーはともかく作曲家兼ピアニストの高橋悠治のことはまったく知らなかった。出かける前にネットで調べたが、たいして手がかりは掴めなかった。風貌は小柄で白髪頭の角刈りで、ピアニストというより植木屋の爺さんといったところで、ピアノも上手いのか下手なのかも判断できなかった。会場のアートホールは7分の入り、犀星の詩に合わせた企画は、肝心の詩の朗読が声が小さくて聞こえず、もう少し工夫がほしかった。タイトルのかなざわ国際音楽祭Part 1は?、2008は何だったのかもわからず、消化不良のままの2時間だった。

2009年7月1日水曜日

山開き

 白山や富士山などの山開きの様子が新聞やTVのニュースで流れているが、富士山は積雪が多く8.5合目までしか除雪ができていないという。かたや白山は例年より雪が少ないようだ。山はこれからベストシーズンに入るが、個人的には夏山開きの前の梅雨の晴れ間の時とシーズン終了後の初雪が降るころの静かな白山が好きだ。今年はなんとか加賀禅定道を試したいが、市ノ瀬から釈迦新道を経由し、七倉山分岐から加賀禅定道に入り、調子がよければそのまま一里野まで下り、無理なら奧長倉避難小屋に泊まるという計画を立ててみた。これなら念願の百四丈の滝をみることもできる。今晩木村先生とコンサートで会うのでご意見をうかがおうと思う。

2009年6月30日火曜日

山への気合いを入れ直し。


 昨日T君が貸していた本を返しに来たが、愛用のローバーのソールを張り替えるという話になり、好日山荘へ付き合った。途中「イモトはいい根性しとるナー」いう話になった。わたしも観たが彼も日曜夜の「世界の果てイッテQ キリマンジャロ奇跡の登頂なるか イモト涙の完結編SP」を観ていたようだ。特異な太い眉を描き、破天荒な行動をするピン芸人だが、さすがに標高5,895mのアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロは無理だろうとわたしも思っていた。スタッフが次々と高山病でリタイヤするなかで彼女だけが涙の登頂成功だった。
 彼は「ヨーシ負けとられん」という気になったので、靴の修理をして気合いを入れ直そうとしたようだ。わたしもブラックダイヤモンドのストックを買った(昨年の白山での転倒の際、最初の衝撃をレキの右のストックで受けたので曲がってしまったが、そのおかげで大事にならずに済んだ気がする)。
 高山病の症状で思い当たることがあり、iPhotoの記録を調べていたら出てきた。2004年に仲間と富士山に登ったとき、8合目の小屋に着いた頃からT君、O君、H君の顔色が悪くなり、食欲もなくTVのディレクターのような高山病の症状になっていた(左から2人目のT君の目が完全にイッテいる)。身体がデカイほうがより多くの酸素摂取量を必要とするからだろうか。その時の写真がコレだ。ワン・ツー・スリー。クリックすると大きくなります。

2009年6月29日月曜日

医王山は暑かった。

 T君と今年最初のトレーニング。西尾平(1:07)ー地蔵峠ー大沼(2:10)ー白兀山頂(3:17)ー西尾平(4:07)と3時間もかかった。記録を調べてみると去年は18日に単独で逆のコースを歩き2時間半でゴールだった。昨日は暑くしかも風がないので汗が噴き出し体力を消耗した。T君は下山途中、両足をつったが、暑さと給水不足が影響したに違いない。今年初めてなので少々キツイのはわかっていたが、普段いかに軟弱な生活をしているかの証明になった。エアコンの効いたところで過ごす生活に対して「おまんら、ちょっこ だっとらんねいけ」と山にお叱りをいただいたようで、今の状態では白山はまだ無理だが、やる気は出てきた。山はいつも何かを教えてくれるものだ。
 帰りに湯涌の総湯へ寄ったが、風呂上がりに体重を計ったらなんと2.7kg減、T君も2kg、水分が減っただけとはいえウレシイ結果だった。しかし今朝計るとしっかり2kg戻っていた。

2009年6月28日日曜日

朝、畑へ

 今朝はジャガイモ5kg、キュウリ4kg、インゲン250g、ピーマン6、ナス5、トマト6。実は金曜日もキュウリ4kg収穫していたので、先週は合計8kg、今週は4kgからのスタートとなった。となると家族だけでは消費しきれず、ご近所にお裾分けとなるが、上げるとなると形のよいものでないと失礼なので、どうしても家には曲がったものや、大きくなりすぎたものばかりになってしまう。でも味には変わりはないので問題はない。無農薬で育てているのでカミさんは畑で2,3本そのまま丸かじりするのが恒例となっていて、パキンという音は確かに美味そうだが、わたしはお坊ちゃん育ちなのでそういう、はしたない食べ方はしないが、今日は一口だけ真似してみた。甘かった。ナスも塩か醤油があれば皮が薄くやわらかいのでそのまま食べられそうだ。
 今日は午後から休みをもらって医王山で足慣らしの予定。

2009年6月27日土曜日

iPod touchを3.0にアップデート。

 iPhoneは無料だが、iPod touchは1,200円かかるが仕方がない。ゲーム以外のアプリのなかでは料理のレシピ集がいい。種類、食材、調理時間、カロリーなどの条件で検索でき、メニューはパスタ(166)、ご飯(117)、おかず(609)、スープ(130)、おつまみ(51)、和・中華麺類(34)、パン類(38)、ドリンク(128)などで、作り方、材料などが表示でき見ているだけでも楽しい。さらにキッチンタイマーとしても使える。夕食の献立は結構意見を求められるので、迷ったときなどは重宝する。食べた結果の体重もカレンダーでなく、iPod touchに記録するようになった。
 他に音楽や青空文庫はもちろんだが、JR東海の提供で「日本の美しさを伝え、そして残す」「日本を旅するキッカケを作る」というコンセプトに基づき、日本の風景や文化などをテーマに制作した動画を無料配信するサービス(Podcast)があり、第一弾として万葉集の歌に詠まれた風景や自然を映像と音楽で楽しむことができる。ちなみに6月24日は巻四・五〇七 駿河采女「敷栲の 枕ゆくくる 涙にそ 浮宿をしける 恋の繁きに」。現代語訳「やわらかな枕からこぼれおちる涙が溢れて、私は水に浮かぶ思いで寝ていることよ。絶えぬ恋の苦しさで」。これはPCでも楽しむことができます。ここです。

2009年6月26日金曜日

「Ken's Bar II」平井堅

 少し前にFMで、中島みゆきの「わかれうた」をスピッツの草野マサムネとデュエット、しかもハモっているのを聴き、二人の持ち味が出ていてなかなかよかったのでタイトルを覚えておいた。
 昨日ケータイにCDやDVDの準新作、旧作が半額となるメールが届いていたので、別の目的でフラリと寄ったらこのアルバムがレンタルリリースされていた。カバーアルバムでビリー・ジョエル「New York State Of Mind」、スティービー・ワンダー「LATELY」、イーグルス「DESPERADO」、 ボズ・スキャッグス「Heart Of Mine」は小野リサがボサノバにアレンジして参加していた。 日本の曲は桑田佳祐 「白い恋人達」、しかし浜崎あゆみの「LOVE ~Destiny~」や楠瀬誠志郎の「僕がどんなに君を好きか君は知らない」などは初めて聞いた曲だったのでオリジナルを知らないがこれらもよかった。最後は美空ひばりの珍しいスタンダードナンバー「Stardust」を合成してデュエットしたりと意欲的な作品が多い。ピアノやアコースティックギターなどの伴奏でしっとりと聴かせてくれるので、アルバムのタイトルのようにウィスキーのグラスを傾けながらリラックスして聴くには最適だ。

2009年6月25日木曜日

思わぬ方から。

 6月19日のブログで「できれば晴れた日に」の書評を書いたが、出版元の社長さんから、『ご無沙汰しています。新刊「できれば晴れた日に」の記事を検索していたら、貴兄のブログに辿り着いた次第。本書を取り上げていただきありがとうございます。この著者は既に亡くなっていますが、別に筆名で書いた同新書「なぜ、かくも卑屈にならなければならないのか」と同一著者ですが、まったく自身の病状は出てきません。生き様の鮮やかな人ですね』とお礼のメールが届いて驚いた。
 自分でも「できれば晴れた日に」で検索してみるとなんとアマゾンの次の2番目に「めくれない日めくり日記」、さらに2ページ目に「めくれない日めくり日記『できれば晴れた日に』があった。グーグルのブロガーに移転したので検索ロボットにヒットしやすいのだろうか。
 ともあれ、これまでは固定の読者を想定して駄文を書き連ねてきたが、どこでどなたに巡り合うかわからないので、あまりいい加減なことは書けないことを肝に銘じておくとしよう。

2009年6月24日水曜日

マスコミの品格

 4時半に起きて畑へ、キュウリが最盛期に入ってきた。日曜日は2kgの収穫だったが、今朝も2kg、週末も同じくらいになるだろう。ナスはようやくなりだしたが、収穫は週末まで待つ。トマトは青い実が鈴生りになってきた。ジャガイモは晴天が3、4日続かないと収穫すべきではないので見合わせた。
 ところでネットニュースで麻生首相のぶらさがりインタビューのやりとりをそのまま記事にすることがみられる。たとえば23日沖縄戦集結の日、沖縄戦集結から64年「慰霊の日」ですが、どういった思いで式典に臨まれたのかの質問に対し、
 「私らの世代と、少しみなさんとは違うのかもしれませんが、この沖縄ってところはやっぱり、先の大戦、最大の地上戦、しかも軍人、軍属以外、一般住民が巻き込んでの最大の地上戦をやっております。かなり悲惨なというのは、私たち当時5歳くらいですけれども、沖縄が陥(お)ちたっていう話は、かなり子供心にわれわれの世代だと記憶のある世界なんです」「従ってそういった意味では、なんとなく、ここのところは、当時確か牛島満っていう大将だった、大将っていうか司令官かなぁ。参謀長っちゅうか。長、長、長(勇)さんっていう参謀長、太田大将のほうが有名ですけれども、このお二方が自決されたのが6月23日で、この日が戦没者追悼式になった日なんですけども、そういった思いがこういろいろ聞かされて育った世代でもありますんで、そういった意味では戦争っていうものを直接強く感じたのが沖縄というのは私どもにとっては特別、私にとりましては特別な思いがあります」。
 かれの話す言葉が日本語になっていないのはだれでも知っているが、言いたいことは判る。今さら編集もせずそのまま掲載するマスコミの態度には陰湿な悪意すら感じてしまった。

2009年6月23日火曜日

「資本主義崩壊の首謀者たち」広瀬隆著

 今話題の本らしい。この手の本はあまり読まないが、ある方の書評から読んでみる気になった。帯には「ソ連共産主義崩壊から20年、今度はアメリカ資本主義が瓦解、欲望を全開にし、一握りの人間たちが世界中の冨を貪る!そんなシステムを容認してきた結果、世界経済は破綻した… 」とあり、1.自作自演の仮面舞踏会に酔った金融大国、2.誰がこのような世界を創り出したか、3.日本がとるべき新しい進路の3章からなっている。
 中身は実名のオンパレードでここまで書いてご自身に危害が及ぶのではないかと心配になるほどだ。本文のいたるところに新聞のヒトコマ漫画が載っていて、著者が最高傑作という2008年10月27日の NYタイムス「断頭台に送られるグリーンスパン」などや、いたるところにキーワードが仕掛けられているので読み解く助けになる。
 しかしこの本で名前を挙げられた方の写真を見ると確かにどなたも「ハゲタカ」のような顔をしていらっしゃる。集英社新書756円

2009年6月22日月曜日

劔岳 点の記

 土曜日に封切りになった映画だが、わたしは60歳になったのでいつでも千円で観られるが、連れのT君は早生まれなので、男性千円の今日になった。朝の映画館は異様である。とても山登りが趣味といえない、気力のなさそうなオヤジがどこからともなく現れてくる。わたしに関しては平日に映画を観ることと散髪にいくことは休みのない仕事をしているので、たまには許されると思っている。
 新田次郎の山岳小説はほぼ読んでいるが、原作に忠実に仕上がっていた。しかし、TVや公式サイトで予告編を観ていたので、結局それ以上でもそれ以下でもないというのが正直なところだったが、山好きには必見の映画だ。
 エンドロールに富山県立中央病院と金沢大学医学部十全山岳会の名前があったので、医療サポートでもしたのだろうかと帰って調べてみると、医療指導として森紀喜、小西孝司、田辺隆一、小山文誉、水腰英四郎とあり、何人もの知った名前を見出した。
 当時は馬場島から早月尾根のルートは無理で、現在の長次郎谷から登ったが、ルートの解説は山の師匠木村先生のブログにいつか取りあげられると思う。今年の劔岳はこの映画のせいで混雑するに違いないが、極端な高所恐怖症のわたしとT君は絶対に劔岳に登ることはないだろう。

2009年6月21日日曜日

お座敷BBQ


 昨夜は仲間5人で幸町の「わかばやし別館」でBBQ。鮎、車エビ、ホタテ、イカ、牛、ブタ、野菜はすべて串、その他に刺身と小鉢が付き一人三千円と格安。しかもお酒は持ち込み可というとんでもないお店。T君以外初めてだったので座敷でBBQという意味が分からなかった。写真はホタテを焼いているところで、上からガスの輻射熱があたり油が下に落ちるので煙がでない仕組みになっている。かなりレトロな代物でもう製造されていないとか。しかし焼き上がりは上々で、なかなかの優れもの。もともと肉屋さんなのですきやきも三千円でOK。第2弾の企画がすぐに決まりそうだ。